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「今日も、アリスとナズナで組んでもらう」
ツクモの声が、広い部屋に乾いた反響を残した。
……またこの組み合わせ。
胸の奥が、ほんの少しだけ重く沈む。
「なんでまた?」ナズナが先に口を尖らせる。
「年齢、近いだろ。最初はそういう方が覚えやすい」
ツクモは相変わらず素っ気ない。
ナズナは私の方をちらりと見て、片口だけ上げた。
「ま、誰でもいいけど。足、引っ張らなきゃね」
その言い草に、喉の奥がきゅっと熱くなる。
私だって――やれる。
⸻
街の外れ。風に砂が混ざる路地を、私とナズナは並んで歩いた。
拾い場を広げるため、今日はいつもより遠くまで足を延ばしている。
「その袋、こっちに寄越して。重心が偏ってる」
ナズナが片手で私の麻袋を受け取り、手際よく結び直す。
「……ありがと」
「礼はいい。とろいと怪我する。拾いは速度と目利きが命」
とろい。
さっきの一言が、皮膚の裏に貼りついたまま剥がれない。
少し先に、やけに小綺麗な建物が見えた。外壁はまだ新しく、窓も割れていない。
(あそこ、資材ありそう……)胸が前へ引っ張られる感覚。私は指さした。
「ねえ、あっち。工具棚とか残ってるかも」
ナズナは見るなり即答した。「やめとけ」
「どうして?」
「理由は二つ。ひとつ、綺麗すぎる場所は“誰かの今”だ。ふたつ、綺麗な所ほど“巡回”が寄りつく」
「でも、入口も開いてるし――」
「やめとけって言ってる」
言い切り方が気に障った。胸の中で小さな反発が火花を散らす。
(いつも上から。私だって、役に立つところ見せたいのに)
「……ちょっと見るだけ」
「アリス」
名前を低く掴まれたみたいで、足が一瞬止まる。でも――
(見返してやる)
私は建物に向けて早足になった。
「待てって――」
背中にナズナの声が飛ぶ。振り返らない。
ガラス戸の隙間から中を覗く。工具棚、金属の箱、整然と並ぶパーツ。やっぱり。
(ある。ちゃんと見つけられる)
一歩、足を入れた――その瞬間。
コツ、コツ、と規則正しい靴音。奥の通路から、黒い腕章を巻いた二人組が現れた。
巡回。息が肺で固まる。
(やばい――)
身体が引っ張られた。背後から細い手が私のフードを掴む。
「下向け。しゃがめ。喋るな」
ナズナの声は小さいのに、刃みたいに通る。
次の瞬間、彼女は扉を半ばまで開け、わざと蝶番を「ギィ」と鳴らした。
巡回の視線がこちらへ流れる。
ナズナは扉枠に身を半分見せ、眉を下げて言った。
「清掃ボランティアの者でーす! 鍵、開いてたから。
危険物ないか点検票だけ置いていきますねー」
ポケットから、折りたたんだ“点検票ふうの紙”を素早く取り出して扉に貼る。
(いつの間にそんなもの……)
巡回の一人が面倒くさそうに目を細め、手をひらひら振った。「確認済みだ。閉めて退去」
「はーい、失礼しまーす」
ナズナはわざとらしく元気な声を残し、私のフードを深く被せたまま、建物の影へ滑るように引き戻す。
角を曲がって二つ目の路地まで来てから、ようやく手が離れた。
心臓の音が耳の奥でどくどく鳴っている。
「……今の、何……?」
「“よくある顔”と“それっぽい紙”。あいつらは“手間が増える”のが一番嫌い」
ナズナは肩で息をしながら、それでも口元だけは薄く笑った。
「だから、余計な書類仕事を連想させれば、深追いはしない」
私は言葉を失う。胸の中の反発が、音もなく形を変えた。
悔しさと一緒に、別の色――尊敬に似たものが滲む。
「……ごめん。私、勝手して」
「うん。勝手だった」
ぴしゃりと釘を刺す。けれど、そのあとにほんの少し間があって、
「でも、戻ったのは偉い」と小声で付け加えた。
「ありがと……」
気づけば自然に口をついていた。
そして、そのままの勢いで口にしていた。
「……ナズナって、どうしてシェードに来たの?」
ナズナは少しだけ目を細め、前を向いたまま答える。
「一度コケただけで、全部捨てられたんだよ。
“役に立つフリ”が得意な連中に、失敗作の札を貼られてさ。……笑えるだろ」
その笑い声は、乾いていて、でもどこか遠く響いた。
掟がある。深追いはできない。
けれど私は、もう彼女を“ただの嫌なやつ”とは思えなくなっていた。




