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スープを飲み干しても、器の底から立ちのぼる湯気は、なかなか消えなかった。
アリスは器を持ったまま、ぽつりと口を開く。
「……ネリさん、この前“これからどうしたいのか”って
聞いてましたよね」
向かいでスープを冷ましていたネリが、ふっと目を細める。
「ええ。聞いたわ」
「……正直、やっぱりよく分からなくて。
でも……もし叶うなら、ルルが生きやすい世界になったらいいなって思います」
ネリの手が、スプーンを持ったまま静かに止まった。
「理由は、それで十分だと思う」
少し間が空いてから、アリスは3人を見渡した。
「……ネリさんとミオさんと、ナズナは……これからどうしたいんですか?」
ネリは少し考えてから、ゆっくりと答える。
「私は……“残す人”になりたい。
ここで生きた証や、誰かの声を縫いとめて、形にして残したい」
ミオは人形の服のほつれを直す手を止め、こちらを見た。
口を開きかけて、けれど声は出ない。
代わりにネリが、そっと補うように言葉を添える。
「……静かに暮らしたい。誰も追い詰めない世界で」
ミオはその言葉に小さく頷き、人形を胸に抱き直す。
そして、その小さな手を上下に動かし、人形に“うん、そう”と頷かせた。
その仕草が、静かな部屋にやわらかく溶けていった。
ナズナはスプーンを回しながら、口の端を上げる。
「……さあね。でも、あんたらみたいに迷ってる奴を、ちょっとだけマシな方向に押せたら面白いかも」
「面白いって……」アリスはナズナにだけ少しくだけた声を出す。
「だってさ、あんたら見てると、色がどうとか、制度がどうとか、そういうのを壊すきっかけになりそうじゃん」
ミオは黙って人形を抱き直し、ネリは何かを胸の奥にしまうように小さく頷いた。
その光景を見て、アリスはほんの少しだけ、この場所での時間が楽しみになった。




