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鍋から立ちのぼる湯気が、部屋の空気をやわらかくしていた。
ネリが木の杓文字でぐるぐるとかき混ぜるたび、香ばしい匂いが広がる。
その横で、ミオが無言で器を並べていた。
アリスは、手渡された器を両手で抱えたまま、ネリの前に立つ。
「はいはい……こっち」
ナズナが片手で合図をし、鍋の前に立たせた。
ネリが器いっぱいにスープをよそい、アリスに手渡す。
「熱いから気をつけてね」
器を受け取った瞬間、湯気の中に甘い匂いと野菜の香りが混ざった。
一口すすると、驚くほど体が温まる。
思わず「……おいしい」と声が漏れた。
「へぇ。ちゃんと味わえるんだ」
ナズナが片眉を上げる。
「このスープ、塩もろくに手に入らないのに、ネリがうまくやってんだ」
ネリは笑って「調味料より大事なのは時間よ」と答える。
「焦らず煮込めば、硬い野菜も甘くなる」
ネリはアリスの器にそっとおかわりを注ぎながら、ぽつりとつぶやく。
「……温かいもの、ちゃんと食べられるうちは大丈夫」
その言葉が、なぜか胸に残った。
ここは制度の外、色も価値も奪われた者たちの場所。
でも、この瞬間だけは「生きている」実感があった。
ナズナは器を持ちながら、ふっと笑う。
「……ま、逃亡者でも客でも、腹は減るしな」
その何気ない言葉が、少しだけ距離を縮めてくれた気がした。




