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──真っ白な霧の中にいた。


音がない。

風もない。

ただ、遠くから“水の滴る音”だけが響いている。


足元は確かに地面なのに、感触が薄い。

歩こうとしても、足が進まない。


「……どうして、そんな顔をしてるの」


声がした。

振り向くと、そこに“誰か”が立っていた。


性別も、年齢も、はっきりしない。

長い髪のようにも見えるし、短く刈り込まれているようにも見える。


ただ──その瞳だけは、やけに鮮やかだった。


「黒は……ただの汚れじゃない」


淡々と、けれど温度を帯びた声。


「塗り潰された記憶の色だよ」


胸が、ずきりと痛む。

意味は分からないのに、なぜか涙がこみあげた。


手を伸ばそうとした瞬間──


「おーい! 起きろ!」


耳をつんざく声で、世界が割れた。



「っ……!」


飛び起きた私の目の前に、ナズナの顔があった。


「……な、何?」


「集合だよ。今日の作業分担、決まったから」


「……作業?」


「金稼ぎ。シェードもタダじゃ生きられないからさ」


眠気を引きずったまま周囲を見ると、他のメンバーも準備をしている。

ナギはすでに起きていて、屈強そうな長身の男性サイと並んでいた。

肩には大きな麻袋を担いでいる。


ツクモが全員を見渡して告げる。


「今日は二手に分かれる。

ナズナとアリスは、街での回収作業。

ナギとサイは、搬送と積み下ろしだ」


サイと呼ばれた男性は無言で頷くだけだったが、その背中は岩のように動じない雰囲気を持っていた。

ナギはその隣で少し緊張した表情をしている。


ナズナがこちらを見て、口の端を上げた。


喉の奥がひりつく。

──あなたも破標でしょ?

そう言い返したくなったけれど、ここではそれを口にする勇気はなかった。

ナズナの笑みは、どこか余裕と挑発の入り混じった色をしていて、

私の言葉なんて軽く受け流されそうな気がしたからだ。



回収作業──というのは、表向きは“不要品の収集”だった。


街の外れや廃棄場から、金属や古布、使える部品を拾ってくる。

シェードではそれらを修理・加工して売るのだという。


「……つまり、ゴミ拾い?」


「まあ、言い方悪いけどそんなとこ。

でもね、制度の中じゃ価値ゼロでも、こっちじゃ飯代になる」


ナズナは慣れた足取りで廃ビルの中に入っていく。

足音がやけに響く。


「シェードの仕組みって、こんな感じなの?」


「大まかに言えばね。表で色を失った奴らが集まって、

最低限食っていけるだけ稼ぐ。物々交換も多いし、現金も必要なときはある」


「危なくないの?」


「危ないよ。制度の連中に見つかれば終わりだし、

同じ影の世界でも、こっちを食い物にするやつはいる」


笑いながら言うけれど、その笑顔は目まで届いていなかった。


ふと、さっきの夢の言葉が脳裏をかすめる。


──黒は、塗り潰された記憶の色。


胸がざわついたけれど、私は何も言えずに黙って歩いた。



一方その頃──

ナギはサイとともに、荷車に積まれた金属部品を黙々と運んでいた。


「……重くないか?」


「平気だ」


短く返された声に、ナギは少し驚いた。

寡黙な男だが、その動きは正確で迷いがない。


サイは荷物を下ろしながら、ぽつりと呟いた。


「色があろうがなかろうが、運ぶ重さは変わらない」


ナギは一瞬、その言葉の意味を考えていた。

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