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空は見えなかった。
でも、どこからか夜がやってくるのが分かった。
シェードの細い通路に吊るされた灯りが、ぽつぽつと灯り始める。
オレンジ色のランプが、ひび割れたコンクリートの壁を照らし、
廃棄された建物のガラスにかすかな反射を作った。
空気はひんやりしていて、静かだった。
それなのに、かすかな体温のようなものが漂っている。
私とナギは、空いていたマットレスに腰を下ろしていた。
ボロボロのカーテンが吊られた小さな仕切りの中。
古い毛布と、欠けたカップ。
誰かが使っていたであろう痕跡が、
この場所を“無機質な避難所”から、ほんの少し“居場所”に変えていた。
ナギはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「……白銀って、“忠実さ”とか“従順さ”って意味があるだろ」
「うん」
私は短く頷いた。
ナギは自分の左腕を見下ろす。
制服に縫い付けられた白銀の腕章が、暗がりの中で鈍く光っていた。
「俺、ずっとこれが“正しさ”だと思ってた。
黙って従って、怒られないようにして、誰かの期待に沿って……。
でも、本当は怖かっただけなんだ」
腕章を握るその手は、わずかに震えていた。
「誰かを守ろうとすれば、誰かに逆らわなきゃならない。
それが怖くて、黙ってた」
その横顔を見つめながら、私は言葉を探した。
けれど、沈黙は別の音に破られた。
──通路の向こうから、かすかな笑い声。
何かを蹴飛ばすような音、低く押し殺した怒鳴り声。
私は、ナギと視線を交わす。
「……ツクモたち以外にも、この場所に人がいるよね」
「さっきも、通路でじっとこっちを見てたやつがいた」
その会話が耳に入ったのか、
カーテンがそっと揺れ、ネリが現れた。
その隣には、人形を抱えたミオが立っている。
「ええ。シェードには私たち以外にも、破標になった人たちが暮らしている。」
「ごめん、盗み聞きしてたわけじゃないの」
ネリは少し申し訳なさそうな顔をした。
「シェードにはいい人もいるけれど、
理由もなく牙を剥く者もいるわ。
私たちのチームは──そういう中で互いを守り合い、静かにやっている方」
ミオは無言のまま、人形を軽く揺らして“ここは安全だよ”とでも言うように微笑んだ。
ネリはまっすぐ私を見て言った。
「2人に聞きたいことがあるの」
「ここに来た者には、必ず聞いているわ。
──“これから、どうしたいか”。
もう、他人の目や制度のルールで決められない。
自分の足で歩くための、最初の問いよ」
私とナギは、少しだけ呼吸を整えて──
答えを探し始めた。




