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「……ルルってのは誰だ?」
ツクモが静かに尋ねた。
声は柔らかかった。
でも、その問いはまっすぐ胸に刺さるような鋭さを持っていた。
私は、一瞬だけ息を止めた。
唇をぎゅっと結んで、
それからゆっくりと──言葉を探すように語り始めた。
「……私の、友達です」
「無色のまま、ずっと……
誰にも認められなかった子」
「誰かを助けようとして、
自分の価標に色をつけようとした。
でも……」
そこまで言って、言葉がつまった。
喉が焼けるように痛くなる。
それでも続きを絞り出した。
「最後は……真っ黒に染まって、屋上から……」
声が、かすれた。
ツクモは目を閉じて、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「……黒の価標は、“汚れ”じゃない」
その言葉が、
静かに、でも確かに私の中に届いた。
涙にはならなかった。
でも、凍ったままだった何かが、ほんの少しだけ解けていく気がした。
ツクモはそのまま、ナギの方に視線を移した。
「君の制服──価標は白銀か」
ナギは何も言わず、左腕の白銀の腕章に目を落とす。
光のない照明の下でも、その銀は淡く反射していた。
「君の価標は黒くない。
にもかかわらず、破標となった少女を助けた」
ツクモは眉をひそめることもなく、淡々と続けた。
「素直に、疑問だよ。なぜそんな行動に出た?」
ナギは、少しだけ目を伏せた。
しばらく何かを整理するように黙った後、静かに語り始めた。
「……小学生の頃、
同じクラスに“黒”になった子がいた」
「ある日、突然いなくなった。
“黒は伝染る”“黒は危険”って──
そんな言葉ばかりがクラスに残って、
何が本当だったのか、誰も考えなかった」
私は、その言葉に耳を傾けながら、
胸の奥がひりつくのを感じていた。
ナギの声は穏やかだった。
でも、その奥にある熱は隠せていなかった。
「でも──俺には、分かってたんだ。
あの子は、ただ……
ただ、悲しみに耐えきれなかっただけだったって」
私は、黙ってナギの横顔を見た。
彼の表情は落ち着いていたけれど、拳がかすかに震えていた。
「何もできなかった自分が……嫌だった。
だから、今度こそはって……
それだけだったのかもしれない」
そこで一拍、間が空いた。
私は、息を飲んで続きを待った。
ナギは少し視線を落としながら、言葉を継いだ。
「……それに」
「ルルが死ぬ前、誰かが“裏で何かしてる”って噂を聞いた。
誰かが意図的にルルを追い詰めてたんじゃないかって──」
「それを“証拠のない正しさ”として、
みんなが見過ごしてた」
「俺は、それを知ってたのに……黙ってた」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「……だから」
ナギが私を見た。
「だから、あの時──私に声をかけてきたのね」
私は、気づくとそう言っていた。
ナギは、小さく頷いた。
ツクモは、その様子を静かに見ていた。
そして、ふっと小さく笑う。
「──二人とも、いい色をしてる」
「覚悟を決めた奴の目だ」
その言葉を聞いた瞬間、
私の心に、温かいものがじんわりと広がっていった。
“いい色をしてる”
ただそれだけなのに、
初めて、今の自分を否定されなかったような気がした。
私は、ようやく小さく息を吐いた。
ルルがもしここにいたら、
あの目を、ツクモに見てもらえていただろうか。
そう思うと、少しだけ泣きそうになった。




