3
放課後、いつもの中庭。
誰も寄りつかない、雨どいの下のベンチ。
私たち“無色”は、決まってここに座る。
静かで、目立たなくて、色を気にしなくていい場所。
――
「今日、先生にまた言われた」
ルルがスカートの端をつまみながら呟く。
「“あなたたちもそろそろ何かしら色をつけないと進路が……”って」
「“あなたたち”って誰?」と私が聞くと、
ルルは笑いながら、髪を耳にかけた。
「わたしと……アリス」
「……うん、まあ、そりゃね」
私も笑い返した。
ルルの笑い方に、私の声をそっと重ねた。
「でもさ」
ルルはベンチの背にもたれて、空を見上げた。
「無色って、本当は全部の色になれる可能性があるんだって、知ってた?」
「うん。聞いたことはある」
私はうなずいた。
「“白き揺籃”とか呼ばれてるやつ。全部の色を経て、最後に“真の色”になるっていう……」
私は、制服の胸元のネームタグを無意識にいじりながらつぶやいた。
「でもさ、それって都市伝説でしょ。記録もないし、誰も実際に見たことない」
「……でも、“いた”って言ってる人もいるよ」
ルルはぽつりとそう言って、また髪を耳にかけた。
「昔、この学校に。七色全部つけた生徒がいたって」
「え?」
「でもその人、卒業前に突然いなくなったんだって。
名前も、成績も、全部記録から消えてるらしいよ」
私は一瞬、何か冷たいものが背中を這う感覚を覚えた。
「……なにそれ、ちょっと怖い」
「うん。だから、都市伝説って言われてる」
ルルは、曖昧に笑った。
「でも、ほんとにいたなら──少しだけ、救われる気がしない?」
私は答えなかった。
ルルも、それ以上は何も言わなかった。
ふたりして空を見上げた。
青というより、白を溶かしたような曖昧な灰色の空。
「……この前の図書室、ありがとうね」
不意に、ルルが言った。
「ああ、あれ?」
この前、誰かがわざとルルの机に「色なし」って紙を貼った。
それを見た瞬間、私は無言でそれをはがして、ぐしゃぐしゃに丸めて捨てた。
ルルは見て見ぬふりをしてたけど、目の端はちゃんと濡れていた。
「別に。紙ぐらい」
「ううん。ああいう時、普通は誰も触らないから」
沈黙。
でも、この沈黙は、安心する沈黙だった。
「……アリスって、たまにさ」
「うん?」
「色なしのくせして、優しいよね」
「……それ、褒めてる?」
「もちろん」
ルルがちょっとだけ笑う。
その笑顔を見るたびに、私はこの子と同じ無色でよかったと思う。
色なんか、いらない。
この子がそばにいてくれるなら。
そのときの私は、
本当に、そう思っていた。




