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どこかで、

誰かの悲鳴が上がった。


その声に、

私の体はびくりと震えた。


遠くのほうで、誰かが名前を呼んでいる。


校舎の下から、足音がひたひたと近づいてくる。


……世界が、


少しずつ騒がしくなっていった。


「誰か、落ちたって──」

「え? ルルって……まさか」


そんな声が、断片的に風に運ばれてくる。


校舎の外、地面の向こう。

遠くの通用門の先から、


サイレンの音が、じわじわとにじむように近づいていた。


それが何の音かなんて、

聞かなくても分かった。


 


私は、屋上の床に膝をついた。


ひざの感触が、コンクリートの硬さを伝えてくる。

それすら、どこか現実味がなかった。


視界の端がにじんで、かすんでいく。


何が現実で、

何が夢なのか、わからなかった。


 


私のせいだった。


いや、違う。

でも……やっぱり、そうなのかもしれなかった。


だって私は──

あの時、ルルの声に、最後まで向き合えていなかった。


 


その瞬間。


胸の奥で、


カシャン──


と、何かが砕けたような音がした。


それは、明確な音として聞こえたわけじゃない。

けれどたしかに、私の中の“何か”が崩れた。


 


反射的に、私は胸に手を当てた。


制服の奥。

何もないはずのその場所が、


冷たく、そして……焼けるように熱かった。


胸の裏側が、

内側からひりつくように疼いていた。


 


「……我を、映せ」


誰にも聞こえないほどの、かすかな声で、

私はその言葉を口にした。


 


次の瞬間──


私の胸に、

淡く、浮かび上がるものがあった。


 


にじむような光。


けれど、すぐにその光は、

墨を垂らしたように、ゆっくりと黒く染まりはじめた。


 


それは怒りではなかった。

誰かを妬んだわけでもなかった。


ただ──


誰かを守れなかった痛み。


それでも、生きてしまった苦しみ。


どうしようもなかった無力感。


 


それが、全部、ぐちゃぐちゃに混ざり合って、


色の底から、

黒が音もなく広がっていった。


 


深い、深い黒。


どの色にも分類されない。

すべての感情が溶け落ちた、絶対の闇。


 


私は、

もう二度と戻れない場所を見つめながら、


ゆっくりと立ち上がった。


その胸には、

確かに──価標が、黒く、揺れていた。

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