27
ルルが、こちらを振り返った。
髪が、風に揺れていた。
その目は、まっすぐ私を見ていた。
何かを言いたそうで──
でも、何も言わなかった。
その足元が、かすかに動く。
コツ、と音を立てて、
スニーカーのかかとが、コンクリートの縁から浮いた。
風が吹いた。
そのまま──
ルルの身体は、
後ろ側へ、ゆっくりと、倒れるように傾いていった。
「──ルルっ!!」
私は、駆け寄った。
走った。
叫びながら、手を伸ばした。
風を切って、腕がのびる。
時間が引き延ばされたように、すべてがスローモーションだった。
視界の端で、制服の裾が揺れていた。
指先が、ほんの一瞬──
ルルの手に、触れた気がした。
確かに、触れたはずだった。
でも──
すべった。
その小さな手は、
私の指から、音もなく、こぼれ落ちた。
重力に逆らうことなく、
風に撫でられるように、
ルルの身体は下へ、下へと溶けていく。
まるで空に吸い込まれるように。
ルルの顔は、
目を閉じたままだった。
穏やかすぎて、
まるで、眠っているみたいだった。
それなのに──
次の瞬間。
下から響いた、
“何かが壊れるような音”。
ガラスのような。
骨のような。
世界の一部が、ひび割れるような音だった。
騒ぎ出す声。
誰かが叫んでいる。
足音が、駆け寄ってくる。
でも私は──
屋上に、ただ立ち尽くしていた。
自分の呼吸の音すら、聞こえなかった。
風の音だけが、背後で吹いていた。
世界が、遠くにあった。
色も、音も、温度も、
私だけから切り離されたような感覚だった。
そして、ようやく。
「ルルが……いなくなった」
その現実が、
胸の奥に、重く、音を立てて落ちてきた。
一言だけ、
口から漏れた。
「──何もできなかった」
その言葉すら、
風の中に溶けて、消えていった。




