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ルルが、こちらを振り返った。


髪が、風に揺れていた。


その目は、まっすぐ私を見ていた。


何かを言いたそうで──

でも、何も言わなかった。


 


その足元が、かすかに動く。


コツ、と音を立てて、

スニーカーのかかとが、コンクリートの縁から浮いた。


風が吹いた。


そのまま──


ルルの身体は、

後ろ側へ、ゆっくりと、倒れるように傾いていった。


 


「──ルルっ!!」


私は、駆け寄った。


走った。


叫びながら、手を伸ばした。


 


風を切って、腕がのびる。

時間が引き延ばされたように、すべてがスローモーションだった。


視界の端で、制服の裾が揺れていた。


 


指先が、ほんの一瞬──

ルルの手に、触れた気がした。


確かに、触れたはずだった。


でも──


すべった。


 


その小さな手は、

私の指から、音もなく、こぼれ落ちた。


 


重力に逆らうことなく、

風に撫でられるように、

ルルの身体は下へ、下へと溶けていく。


まるで空に吸い込まれるように。


 


ルルの顔は、

目を閉じたままだった。


穏やかすぎて、

まるで、眠っているみたいだった。


それなのに──


 


次の瞬間。


下から響いた、

“何かが壊れるような音”。


ガラスのような。

骨のような。

世界の一部が、ひび割れるような音だった。


 


騒ぎ出す声。


誰かが叫んでいる。


足音が、駆け寄ってくる。


でも私は──


屋上に、ただ立ち尽くしていた。


自分の呼吸の音すら、聞こえなかった。


 


風の音だけが、背後で吹いていた。


世界が、遠くにあった。


色も、音も、温度も、

私だけから切り離されたような感覚だった。


 


そして、ようやく。


「ルルが……いなくなった」


その現実が、

胸の奥に、重く、音を立てて落ちてきた。


一言だけ、

口から漏れた。


 


「──何もできなかった」


 


その言葉すら、

風の中に溶けて、消えていった。


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