26
「ねぇ……」
アリスの声が震えていた。
「きっと、大丈夫だよ」
「お願い……こっちに戻ってきて」
アリスは手を差し伸べた。
屋上の風が、その手をすり抜けていく。
ルルはその手を見つめた。
一瞬だけ、瞳の奥が揺れた。
そして、口を開いた。
「……我を映せ」
胸元に、静かに浮かび上がる標。
それは、
完全な“黒”だった。
ただの濁りじゃなかった。
ただの影でもなかった。
まるで、世界の色すべてが混ざりきって潰えたような、
深く、重く、底なしの闇。
アリスは息を呑んだ。
「これでも──
まだ“間に合う”と思う?」
ルルの目から、涙が一筋、こぼれ落ちた。
「あのグレーの子と比べものにならないくらい、
私の価標、真っ黒になってしまったんだよ」
アリスは必死に首を振った。
「だからって、死ぬことないよ」
「黒になったって、生きてていいじゃん」
「仮に、今選定会に行ったとして、どうするの?」
ルルの声は、もう感情を超えていた。
「『体調が悪いから明日にします』って言うの?」
アリスは必死だった。
「……うん、それでもいいよ。明日にすればいい。
先生にお願いして、なんとか──」
「もう、“私の価標が黒になった”って、
何人かは知ってるんだよ」
「それが広まったら、私は“破標”として扱われる。
捕まるか、隔離されるか──」
「どちらにせよ、私はもう“選べない”」
「ねぇ……でも、もしかしたら、
治せる方法があるかもしれないじゃん……」
アリスの声が、涙でにじんでいた。
「誰も知らないだけで、
本当は、黒から戻る道があるかもしれないじゃん……」
「私が……私が一緒に探すから……!」
でも、
ルルは、うつむいたままだった。
アリスの言葉に、
何も、返さなかった。
それは、
返す気がないんじゃなくて──
もう、返す余力さえ残っていない
そんな沈黙だった。




