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私が言葉をかけようとした、その瞬間。
「ねえ」
ルルの声が、先に私の鼓膜を叩いた。
「私ってさ──
グレーの子に、何か悪いことしちゃったのかな」
私は息を止めた。
「私が……あの子の価標を黒にしちゃったのかな」
その言葉は、まるで刃物のように、
ルル自身をじわじわと傷つけていくようだった。
「私、自分で“正しいことをした”って、思ってたんだよ」
「でも、もし全部間違ってたら──
もし、私の“正しさ”が、誰かを壊してたなら──」
声が震えていた。
足元にぽたぽたと落ちる影のように、
感情が黒く染み出していた。
「ルル、ちがうよ。
それは──」
私が言いかけると、
ルルはそれを遮るように首を振った。
「ねえ、ルル。 アズルの話」
「夢の中に出てきて、“価標に見えない価値もある”って言ってくれた人」
ルルの耳に言葉が届くようにゆっくりと話した。
ルルが頷く。
「……価標がすべてじゃないって、信じてた。
アズルがそう言ってくれたから……この世界にも別の価値があるって、思えたのに……」
「でも、違ったんだよね。
目が覚めたら、何も変わってなくて。
現実は、ちゃんと冷たくて──」
「アズルなんて、所詮は夢の中の人だよ。
所詮、“気休め”だったんだよ」
私は言葉を失った。
でも、それでも──
「私は……アズルの言葉、信じてるよ」
「だって、誰も助けてくれなかった中で、
ルルの価標がほんの少しでも色づいたのって、
ルルが“誰かを想って動いたから”でしょ」
「アズルの言葉が間違ってるなら、
あの価標の光も、間違ってたことになる」
私は、そう言った。
けれど、ルルは目を伏せて、ぽつりと呟いた。
「でも、“自分の正しさを主張した”だけで……
こんなふうに狙われて、ねじ曲げられて──」
「……グレーの子だって、そうだった」
「結局、“価標の色の強い人”が正しいんだよ」
「誰かを助けたって、何を訴えたって、
価標の濃さがすべてを上書きする」
「私みたいに反抗した人間は、
いつの間にか“悪”にされる」
「“正しさ”じゃなくて、
“色の濃さ”がこの世界の答えなんだよ、アリス」
私は、何も言えなかった。
まるで床がなくなったみたいに、
心が重力に引っ張られていく音が、胸の奥でした。
ルルの目にはもう、何も映っていなかった。
感情が死んでいくみたいだった。
言葉は、意味を持たない響きになりつつあった。
その姿は、
もう、こちら側にはいないように見えた。




