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「……アズル様って、無色でも価値があるって言ってたんだよね」
私は、空を見上げたまま言った。
雲ひとつない空。
だけど、どこまでも高くて、届かなかった。
「じゃあさ」
私は小さく笑った。
「明日、私が無色のままだったとしても──
大丈夫……だよね?」
冗談のように言ったつもりだった。
でも、喉の奥が少しだけつまった。
だって私は知ってる。
無色のままじゃ、
社会に必要とされない。
名前の後ろに、意味を持たない。
それが、この世界の“現実”だ。
「……アリス」
ルルが少し間を置いてから、ゆっくりと言った。
「私、最近よく思うんだよね」
「価標って、
たぶん“その人の価値”じゃなくて──
その人が“どう感じて、どう動いたか”で色づくんじゃないかなって」
私は目を見開いた。
ルルは、私の目をまっすぐ見て続けた。
「だから、アリスに色がないのって、
価値がないからじゃないと思う」
「むしろ、
まだ誰の価値観にも“塗られてない”だけなんじゃないかなって」
私は返事ができなかった。
言葉の代わりに、うなずきそうになった時──
「あっ、ルルじゃん」
聞きたくない声が、廊下の奥から近づいてきた。
あの女子だった。
以前、ルルの机に落書きをしていた一人。
影で無価値って呼んでいたくせに、
今ではルルの価標に“色がついた”と分かるや否や、
急に話しかけてくるようになっていた。
「ねえねえ、今日も屋上いたの?」
「また、無色の子といるの?
せっかく色ついたのに、勿体ないよ」
そう言って、私をちらりと見下ろした。
「足引っ張られないように気をつけなよ〜?」
私は俯いた。
反論するほどの元気も、もう残っていなかった。
その時──
「……だから、
あなたの価標は“濁った青”なんだよ」
ルルの声が、静かに響いた。
女子がぎょっとして、表情を引きつらせる。
「誰かを引き離して、自分だけ高く見せようとするのって、
いちばん“安い色の付け方”だって知ってた?」
「私はね、色がついても、無色の頃の自分が間違ってたなんて思わない」
「それに──アリスは、“何色にも負けない透明”なんだから」
一瞬、空気が止まったようだった。
女子は何か言い返そうとしたけど、
声にならず、
やがてふてくされたように踵を返していった。
「……ありがと」
私は小さく言った。
「ううん」
ルルは照れたように笑った。
「だって、アズル様が言ってたし」
「“透明な人には、まだ見えてない光がある”って」
そう言って、ルルはふふっと笑った。
私も、つられるように微笑んだ。
この子のこんな笑顔を見るのは、久しぶりだった。
「だからね、きっと私、大丈夫だと思う」
「うん、きっと大丈夫」
ルルはそう繰り返して、
スカートの裾をきゅっと握った。
風が吹いて、
髪が少し乱れた。
私はその瞬間、ふと違和感を覚えた。
言葉は明るいのに、
声の奥が、ほんの少しだけ震えていた気がした。
まるで、
自分に言い聞かせるような、そんな響き。
でも、私は聞かなかった。
せっかく前を向いたルルに、
水を差すようなことはしたくなかった。
ただ、
その時感じた小さなざらつきだけが、
どこか胸に残っていた。




