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「ルル、マズいよ……」
廊下を小走りに追いながら、私は思わず声をかけた。
「さっきのいじめの主犯格、特待生でしょ?
あの人に逆らったら、ルルの評価にまで影響しちゃうよ」
「しかも、実家が太いって噂もある。
先生たちも絶対、言い包まれる。
最悪、ルルが悪者にされるかもしれない」
私の声には焦りがにじんでいた。
だけどルルは、足を止めなかった。
ただ前だけを見て、まっすぐに歩いていく。
「だって、このままじゃ──」
声が少し震えた。
「あの子、本当に“黒”になってしまうよ」
「誰も信じてくれなくて、誰も止めてくれなくて、
それでも自分が間違ってるって責められて……
あんなふうに責められて、
黒くならない人なんていないよ」
ルルの横顔には、怒りとも悲しみともつかない感情が浮かんでいた。
それは、他人の痛みをそのまま背負ってしまうような目だった。
私たちは校舎を走った。
教室、渡り廊下、図書室、階段──
見つからなかった。
最後にたどり着いたのは、
屋上へと続く錆びたドアだった。
鍵はかかっていなかった。
私たちはそっと開けて、静かに外へ出た。
風が強かった。
誰もいなかった。
ルルは、歩くのをやめた。
そして、屋上の柵の前で、
そのままゆっくりとしゃがみ込んだ。
私は隣に立ったまま、何も言えなかった。
「あの子、今どこにいるんだろう」
ルルは静かに言った。
「ひとりで、
誰にも見つけてもらえなくて、
黒くなってくのを、
誰にも止めてもらえなくて──」
彼女の目は潤んでいたけれど、
その涙は、自分のためじゃなかった。
自分が傷つくことも、
評価が下がることも、
無色のままでいることすら、
今のルルには、問題じゃなかった。
ただ──
「誰かひとりくらい、あの子に“そのままでも存在していい”って言ってあげなきゃ」
その言葉に、
私の胸の奥が、音もなく揺れた。




