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ペンが振り上げられたその瞬間、
「ダメ!!」
教室の扉を勢いよく開けて、
ルルが駆け込んだ。
「このままじゃ、本当にあなたの人生が終わる……!」
叫ぶように、でも必死に、ルルの声が教室に響いた。
グレーの子の手が、ぴたりと止まる。
ペンを持つ指が、白くなるほど力が入っていた。
「お願い、やめて」
「あなたが黒になる理由なんて、どこにもない」
けれど──
ゆっくりとグレーの子が振り返り、
その目がルルをとらえた。
彼はルルのネームタグを見た。
「……グレーじゃない。
ましてや“無色”のお前に、僕の何が分かるんだよ」
声は震えていたけど、
その奥には明確な拒絶があった。
「慰め?同情?
そんなもんで黒が薄くなるなら、とっくに治ってる」
教室が再び静まり返る。
主犯格の男子が、その空気を破った。
「マジ、何?無色の分際で入り込んできて」
「色なしとグレーが組んで、俺にたてつくとか、冗談だろ」
「ああいう奴らってさ、価標ないくせに“正しさ?”だけ押し付けてくんの、ほんとウザくない?」
ルルの顔が、少しだけ歪んだ。
でも、すぐに真っ直ぐな目で彼を見返す。
教室の外で、私は何も言えずに立っていた。
扉のすき間から、ただその光景を見ていた。
立ち尽くす自分が、悔しかった。
グレーの子は、やがて力なくペンを下ろし、
ルルの腕を振り払って、教室を出ていった。
誰も、彼を止めなかった。
ルルは一度だけ振り返り、
主犯格の男子に向かって、低く言った。
「……あなたの価標、
一番濁ってるのは“その色”じゃなくて、
その心だよ」
教室がざわつくより早く、
ルルは背を向けた。
私はそのあとを、何も言えないまま追いかけた。




