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「──なんで」
最初は、小さな声だった。
「なんで、お前の価標は……あんなに強く色づいてるんだ」
グレーの子が、拳を震わせながら立ち上がる。
「僕ひとりだったら、まだ構わなかった」
声が、わずかに上ずる。
「でも、お前は──」
「父さんの価標まで汚して、それなのに……っ」
教室中の視線が集まった。
「お前の価標は、まだ強く色がついている……っ!!」
胸元の標は、すでに灰ではなかった。
はっきりと黒の色がにじんでいた。
けれど、それより先に目に入ったのは──
彼の瞳だった。
焦点が合っていなかった。
どこかを見ているのに、どこにもいない。
世界の中で、自分だけが取り残されているような目。
主犯格の男子は、一瞬たじろいだ。
だがすぐに、鼻で笑った。
「そりゃあ俺に価値があるからだろ」
「だから俺の価標は濃いんだよ。
“みんなが認めてる”からだよ。
お前みたいに誰にも必要とされてないのとは、違うんだよ」
グレーの子の肩が、ビクッと動いた。
「必要と……されてない……?」
「そう。だって、お前がいなくても誰も困んねーじゃん」
「父親もグレーにした、周りを不快にする、空気悪くする」
「お前がここにいるだけで、価値のあるやつの足を引っ張ってんだよ」
その瞬間、教室の空気がピキッと音を立てた気がした。
誰も声を出さなかった。
けれど、その最前列の窓際──
一人の男子生徒が、ちらりとグレーの子に目をやりかけた。
その目は、ほんの一瞬「やめろ」と言っていた。
でも──
口を開くことはなかった。
主犯格と目が合ったその瞬間、
彼は視線を逸らし、
ペンをいじるふりをして、黙り込んだ。
私はそれを見ていた。
「やめて」って言えなかったその目。
呼吸が苦しい。
でも、声が出なかった。
そして次の瞬間だった。
グレーの子の手が、ペン立てに伸びた。
一本の黒いペンを掴んで、
まっすぐ主犯格の顔に向かって、振り上げた。
誰かの悲鳴が上がった。
その場の時間が、一瞬で凍りついた。




