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「お前の父さんも、お前の影響でグレーになっちまったんだろ?」
その言葉が放たれた瞬間、
教室の空気が、ざらりと変わった。
「生きてて申し訳なくないのか? 早く消えた方が家族のためになるだろ」
笑いが、また起きる。
それはもはや会話ではなく、
一人の人間を“価標ごと”消すための、儀式のようだった。
机に手を置いたまま、グレーの子の体が小さく震えた。
目を伏せていた彼の瞳から、ぽたりと涙が落ちる。
「……お前の父さんさ、
お前のグレーの価標を直すために、たっかい金出して“薬”買ったんだろ」
主犯格の口元に、ぞっとするような笑みが浮かぶ。
「でも何も変わらなかったんだってさ。効きもしないクスリにすがるなんて、マヌケだよな」
周囲から、どっと嘲笑が広がる。
(……薬?)
私は思わず息を止めた。
価標を変える薬──そんな噂を耳にしたことはあった。
“グレーを白に戻せる”“黒を防げる”と囁かれて、裏で高額で取引されるという話。
でも、それはあくまで噂で、誰も確かめたことのない虚像のはずだった。
……本当に存在するの?
「情けねぇよな。家族揃ってグレー予備軍ってか?」
一瞬の沈黙のあと、グレーの子が顔を上げた。
「──何で、君がそのことを知ってるんだ」
声は震えていたけど、その目だけは、鋭く主犯格を射抜いていた。
「……あ、いやぁ、たまたま、っていうか……聞いたことあるだけ」
その瞬間、クラス全体がぴたりと固まった。
「え?」
「なんでそんな細かいこと……」
小さなざわめきが、波紋のように広がる。
明らかに“知らないはずのこと”を口走ったのが分かってしまったのだ。
主犯格の目が一瞬だけ泳ぐ。
頬に薄く赤みが差し、動揺が顔に滲んだ。
けれどすぐに、作り物めいた笑顔で肩をすくめた。
「ま、グレーのくせに突っかかってくんなって」
「お前の父さんも、自業自得だろ」
「“価値ある人間”なら、騙されないってさ」
笑い声が再開する。
けれど、その輪のいくつかには、まだ微かな戸惑いが残っていた。
ルルが小さく息をのむのが分かった。
私の胸の中にも、黒い予感がじわじわと広がっていた。
──この男は、知ってる。
グレーの子の父親が、何を買わされたのか。
そしてたぶん……それを売った側の人間と、どこかで繋がっている。




