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昼休み、屋上に続く階段の途中で、ルルはぽつりと言った。


「私さ、グレーの子を助けようと思ってる」


私は一瞬、意味が分からなかった。


「……誰のこと?」


「隣のクラスの子。いつも窓際の席で本読んでる男子。

顔もしゃべり方も静かで、あんまり誰とも話さないんだけど……」


ルルは階段の手すりに手をかけて、遠くの空を見た。


「最近ずっと、机に落書きされてるの。

“黒予備軍”とか、“近寄るな”とか……」


私はその言葉に、胸の奥が冷たくなった。


「やめといた方がいいよ。

そういう子と関わると……黒、うつるって」


黒がうつる。


自分でも、どうしてそんなことを言ったのか分からなかった。


口から出た瞬間、

まるでそれが“誰かの言葉”みたいに、耳に刺さった。


ルルの目が、ほんの一瞬だけ揺れたのが見えた。


言葉の続きを探そうとしたけど、うまく出てこなかった。


“うつるわけない”って、自分でも知ってるのに。


誰かと同じように、

恐れて、避けて、

黒に近い誰かを「触れてはいけないもの」として扱っていた。


私だって、

無視されて、価値がないって言われて、

苦しかったはずなのに。


なのに今、

誰かをその“下”に押しつけようとしてた。


「……ごめん」

声にならない謝罪が、心の中でぽつりと落ちた。


「うつるわけないじゃん」

ルルは少し笑った。


「黒に近いからって、みんなで無視して、いじめて……

それ、私たちがやることじゃないでしょ」


「でも、それでルルに何かあったら──」


「たぶんね、助けたら価標に色がつくと思うんだ」


その言葉を聞いた瞬間、私は返す言葉を失った。


それは、優しさのようでもあったけど、

必死な“願い”のようでもあった。


「わたし、やってみる。

明日の昼、あの子と話してみるつもり」


そう言って、ルルはヘアピンをつけ直した。


「こうでもしないと、私きっと変われないから」


その目は真剣で、

どこか晴れやかで、

この数日で一番“生きている”顔をしていた。


嬉しかった。

こんなふうに前を向いているルルを見るのは、久しぶりだったから。


私たちみたいな無色の人間が、

誰かを助けようとしてるなんて、

それだけで、ほんの少し救われるような気がした。


だけど。


胸の奥で、小さなざらつきが残った。


この世界は、善意だけでは動かない。


誰かを助けたからといって、

色がつくとは限らないし、

見てもらえるとも限らない。


むしろ逆に、

黒に近い誰かに手を差し伸べたことで、

ルル自身がその“隣”に落ちてしまうかもしれない。


そう思ってしまう自分も、

嫌だった。


でも、

それでも、


ルルにはうまくいってほしいと思った。


報われてほしいって、本気で思った。


だから私は、何も言えなかった。


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