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不幸を喰らう門

洗面台で水を流しながら、深いため息をひとつつく。

どうしても――縮毛矯正が上手く行かない。


私の赤髪は、癖が強いだけでなく、霊力を帯びて反発するらしい。

美容師には「これはもはや人間の髪の毛じゃない」と半ば冗談で言われた。


中学の時、クラスの男子に「ラーメン頭」と言われたことがある。

カッとなって回し蹴りをかましたら、それ以来、あだ名は「カンフー」になった。

ほんと、やってられない。


「SとNじゃないってことね。反発しあってばかり。……低い鼻も気に入らないわ」


鏡に向かい、ぼやきながら後ろ手に髪をまとめる。

指で鳶色の瞳を囲って覗き込むと、今日は肌の調子が良い。化粧ノリも悪くない。


「――うん、ギリギリ合格ってところね」


ひとりごちて小さく快哉を叫んだ、その時。


パチパチと拍手の音が聞こえた。

脱衣所の扉は、いつの間にか開いている。そこに立っていたのは、黒いゴスロリ衣装の少女だった。


「彩矢、今日もお美しい。ええ、ばっちりですわ」


同居人の志穂だ。彼女が現れると、六階建ての雑居ビルの一室は途端にカオスになる。


「志穂。気配を消して近づくのやめてって何度言えばわかるの?ノックぐらいしなさいよ」


ジト目で睨むと、金髪碧眼の美少女はひらりと身を引いた。カモシカみたいな身のこなしで後ずさる。


「怖いですよ?さすが『帰還者』。さて――あの紅い月の件ですが……」


突然の話題転換に、思わず警戒心が跳ね上がった。

手は刀の位置に伸びかけて――寸前で止める。


「あなたが戻ってきてから、ずっと空に浮かんでいますわ。浩介君と、何か…あったのですか?」


蒼い瞳が、まっすぐ私を射抜いてくる。

その眼差しは、嘘を一切許さない。そんな気配がした。


◇◇◇


「……多分、あの女の人は母さんだと思う」


カップをソーサーから持ち上げ、静かに口をつけたあと、ぽつりとそう言った。

志穂の口がぽかんと開いたまま固まる。手に持っていたコーヒーシュガーがぽろぽろと床に落ちた。


エアコンのサーキュレーターだけが、無機質に回る。

その沈黙を破って、志穂がやっと声を出す。


「なぜ、そう思うのですか?彩矢のお母さまが、そんなことを…」


「見逃されたから。あの剣筋、多分覚えてる。小さい頃、何度も見た型だった」


「生き別れになった、と聞いています。でも、なぜ今ごろ――」


「たぶん、母さんも異世界に行って、力を得たの。私と同じように。……ただ、霊力の源は”死者の魂"」


言葉を置いて、私は志穂の顔を見る。彼女の眉がぴくりと動いた。


「ただ人が死んだだけじゃ、力にならない。必要なのは、"不幸に弄ばれた魂"。強い恨みや未練が刻まれたものだけ」


「まさか――それで、"トラックで人を殺して"異世界に送ると…?」


志穂がその言葉を引き取ると、私は黙って頷いた。

それは憶測ではない。自分の目で、確かに見た事実だった。


ブラインドを開け放ち、志穂に頼んで換気扇を回してもらう。


リビングの掛け時計を見ると、まだHRホームルームには間に合いそうだった。

私はカバンをつかみ、エレベーターを無視して階段を駆け下りる。


外に出ると、朝の日差しがまぶしく目に飛び込んできた。

街はいつも通りの喧騒に包まれている。

だけど私の中では、もう何かが戻らない場所に来てしまったのだと、直感していた。

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