墜ちる街、斬る私
無限に続く摩天楼を真っ逆さまに落ちる。退廃したビルの群れ。漆黒の闇夜の中、重力は私を離さない。ルージュはとっくに渇いている。――あの女は、絶対に許さない。
「出てきなさい! こんなバカげた空間、アンタの力に決まってるんだから!」
死者を異世界へ飛ばす連中。私は、彼らの尖兵を破壊した。いわゆる『血を吸うトラック』だ。
「まさか、生きた人間が全部操っていたなんてね……迂闊だったわ」
空は星座のシャワーを降らせているのに、光度はほとんどない。星が嘘をついている。中でも、天頂に貼りつく紅い三日月はひときわ異様だ。相手のテリトリーに呑み込まれたのは明白。私は臍を噛んだ。
(刀で4トントラックを木っ端微塵……ウフフ。これくらいしないと、慎重とは言えないわよねぇ?)
耳障りなハイトーンボイスが脳を侵す。見上げれば、フルフェイスのあの女が虚空を滑るように近づいていた。湾曲した片刃の剣が、月光を歪ませながら私の首を狙って振り下ろされる。
「この——ッ!」
私は愛刀を構え、瞬時に袈裟懸けに打ち払った。金属が火花を散らす。軌道と軌道が交差した一瞬、重さと殺気が剣越しにぶつかる。脳が痺れる——けれど、下がらない。
「……アンタに斬られるわけには、いかないのよ」
生への渇仰を執行人に叩きつける。すると死神は、夜の闇に溶けるように消えた。天頂の紅い月がふっと乳白色に変わり、空間がきしむ。重力が突如、倍増した。
脳が裏返るような浮遊感——否、墜落感。
空気の波が刃のように顔面をそぎ、髪が真横に引きちぎられる。眼を細めて見下ろせば、地表はすでに識別できるほどに近い。コールタールのアスファルトがじわじわと牙を剥く。高速を稲妻のように駆け抜ける車両たちは、まるで命の走馬灯のようにきらめいている。
(間に合わない?——そんなの、やるしかないでしょ!)
その時だった。
『 見 つ け た よ 。彩 矢 』
突如として、白い手が空を裂き、私の身体を掴んだ。落下の衝撃が、指先からふっと消えていく。
振り向けば、ニット帽の青年がスポーツカーを走らせている。車窓を流れるテールランプの白線は、幻想的な風景だっただろう。ありふれた日常であれば。
「可愛い女の子は、天空から降ってくるんだって。お爺ちゃんに教わったよ」
青年は愉しそうにハンドルを捌く。私は、つい先ほどまで死ぬかもしれなかったのに。
「浩介。それは都市伝説。一種のジョークよ。映画の見過ぎ」
私の逢瀬の相手だ。柄に手を掛ける。精一杯の強がりは、動揺を隠しきれていない。
「選ばせてあげるよ?終わりのタイミングくらいはね?」
陰鬱な声が車内に響き渡る。私は相手を見据え、口紅をぬぐった。