第十章 告白と選択
その再会は、思いがけない形で訪れた。
仕事帰り、駅前の書店でふと手にした雑誌のコラムに、見覚えのある名前があった。
――藤井翔太。
高校時代の同級生。
野球部のエースで、明るくて、だけどどこか寂しげな目をした少年。
彼の名前が、文芸欄の寄稿者として載っていた。
“翔太が書いてる”というだけで、胸がわずかに高鳴る。
――「てつ」だったころに近くにいた人。
そして、何も知らずに自分を「男」として見ていた人。
すぐに連絡を取るべきか、迷った。
けれど翌日、思いがけずその翔太のほうから連絡が入った。
「もしかして、美由紀って……てつ、だよな?」
息を呑んだ。
“知られてしまった”というよりも、“見抜かれた”という驚きだった。
⸻
喫茶店のテーブルをはさんで向かい合うふたり。
翔太は変わっていなかった。
あの頃と同じ目をしていた――やさしいけれど、どこかまっすぐすぎる視線。
「久しぶり。……なんて、言うべきか迷ったけど」
「ううん。来てくれて、ありがとう」
「てつが“美由紀”になってるって、正直驚いた。
でも、記事に名前を見つけたとき、なぜかすぐにわかった。字面の奥に、あの声が重なった」
「……あのころの“わたし”と、いまの“わたし”は、
違うようで、でも……ずっと同じ“わたし”だった気がする」
「そうだな。無理して笑ってたよな、あの頃のてつ」
翔太の言葉に、美由紀はふっと微笑んだ。
「うん、無理してた。ずっと、“男”でいることに」
そして、美由紀はそのまま、少しずつ語り始めた。
女装との出会い。名前を変えること。心と身体の不一致。
日向とのこと。今の仕事。そして、自分がどう生きていきたいか。
翔太は何も言わずに、ずっと聞いていた。
最後まで、美由紀の話をさえぎらずに。
そして沈黙のあと、彼はぽつりとつぶやいた。
「……“男”とか“女”とか、そういうの、正直いまだによくわからない。
でも、“美由紀”が今、笑えてるなら――それが正解なんだろうな」
その言葉に、美由紀の目に涙がにじんだ。
「ありがとう。……わたしね、ずっと怖かったんだ。
“てつ”を知ってる人に、美由紀を見せるのが。
でも……いま、少しだけ、報われた気がする」
翔太はグラスの水を一口飲んで、目を細めた。
「報われた、か。俺は、まだ“自分”を見つけられてない気がする。
美由紀のほうが、ずっと前に進んでるな」
「進んでるかどうかは、わからないよ。
ただ、“ここにいていい”って思える場所を、少しずつ見つけてるだけ」
その夜、美由紀は“てつ”という過去を初めて、誰かの前でまっすぐに語った。
それは“告白”ではなく、
“選択”だった。
過去を抱えたまま、いまの自分を生きるという選択。
“わたしであること”を、誰のためでもなく、自分の手で肯定するということ。
その覚悟が、あたたかく胸の中に灯っていた。
**第11章「名前のその先へ」**では、美由紀が「性別適合手術」や「戸籍変更」という現実的な選択肢と向き合うことになります。
「名前」と「身体」の一致をどのように受け止めていくのか。
人生の決断は、社会のなかでどんな意味を持つのか。
彼女の揺れる想いが描かれていきます。




