アスカニア大陸戦記 外伝 闇夜茸と地獄の門
新月の闇夜にのみ生え、魔力を帯びた青白い光を放つ珍しいキノコ、闇夜茸。
それは都市部で高価な魔法薬の材料として知られていた。
幼い少年は、両親が人狩りに襲われ大怪我を負った後、生活費を稼ぐため、闇夜茸を採取しようと領主が立ち入りを禁じた『悪魔の出る森』へと向かう。
夕暮れ時、少年は森の奥深く進み、闇夜茸の群生地を探す。
日が沈み、完全に暗くなると、青白い光が針葉樹の根元から現れ始める。
少年はその光に導かれ、闇夜茸を一つ一つ摘んで麻袋に詰めていく。
しかし、二本目の木に向かう途中、足元が崩れ、深い穴に落ちてしまう。
少年は気を失い、目覚めると古い石造りの玄室にいた。
そこには、魔法の光で照らされた様々な生物の標本が容器に入れられて棚に陳列されていた。
少年の前に蝙蝠の翼と羊の頭を持つ四本腕の赤い悪魔と、漆黒のローブを纏った男が現れる。
ローブの男は、少年が『地獄の門』をどうやって通ってきたのか問い詰めるが、少年は恐怖で動けず、ローブの男は赤い悪魔を退かせると、温かいミルクを渡して少年をなだめる。
少年はミルクを飲んで落ち着くと、今までの経緯をローブの男に話す。
両親が人狩りに襲われ大怪我をしたこと。
生活のため闇夜茸を採りに来たこと。
そして地面に開いた穴落ちたこと。
落盤だと理解したローブの男は、少年に皮の巾着、薬を渡し、羊皮紙の手紙を領主に届けるように手渡すと、自らを人間を捨てた時に名前も捨てた『名無し』と名乗り、この『地獄の門』で魔神達が再び地上に出ないように何百年も見張っていると話す。
『名無し』に言われ、少年が目を閉じて再び開けると『名無し』の姿は無く、少年は森の入口にいた。
少年は家に帰り、両親に薬を飲ませると怪我が治り、皮の巾着に入っていた金貨で闇夜茸を採集しなくても暮らせるようになった。
翌朝、少年が領主に手紙を渡すと、村は税を免除され支援を受けることになる。
老人になった少年は、『名無し』が帝国西部本面軍総司令 兼 帝国魔界兵団団長ナナシ伯爵であったことを知る。
ナナシの話は『アスカニア大陸創世記 詩編 序章』に記されていた。
金鱗の竜王に追われた魔神達は、その始原の炎を恐れ、地上から『地獄の門』に逃げ込む。
そして、彼は、魔神達が再び地上に現れることが無いように『地獄の門』を見張り続けている。
何百年間、今も、たった一人で。