塩対応の公爵が私を溺愛するまでの物語 ~『君を愛することはない』と宣告されましたが、本心では彼は仮面夫婦を止めたいようです~
「僕は君を愛するつもりはないよ」
そう宣言したのは婚約者のアレン公爵だ。黄金を溶かしたような金髪と澄んだ青い瞳に加え、見上げるほど高い身長は女性なら誰もが魅入られるほどに美しい。
「マリア、聞こえているのかい?」
「…………」
黙り込んだまま反応を返さないのは、アレンの宣言にショックを受けたからではない。彼女が前世を思い出したからだ。
(私は東京生まれの女の子で……っ……記憶が……)
男爵令嬢として生まれる前、つまり前世のマリアは乙女ゲーくらいしか趣味のない平凡な少女だった。ある日、交通事故に巻き込まれてしまった彼女は、意識を失ってしまった。そして目を覚ましたと同時に、前世と現世の記憶が融合し、今に至ったというわけだ。
(でもまさか私が乙女ゲーの世界に転生するなんて……)
アレン公爵は、とある乙女ゲーの登場人物だ。しかしそのゲームは、ネット上でクソゲーと評価され、大炎上した問題作である。
攻略キャラはアレン公爵ただ一人なのに、彼は宣言した通り、本当にヒロインを愛することがないのだ。
公爵に溺愛される甘々なハッピーエンドを期待していた乙女ゲーマーたちは、裏切られた怒りを口コミとしてぶつけた。
別名、塩対応エンドとして悪評が広まり、中古価格が十円になるまで暴落した。会社も倒産し、関係者を阿鼻叫喚させたゲームとして歴史に名を刻んだのだ。
「聞こえていないようだから、もう一度だけ伝えるね。僕は君を愛するつもりはないよ」
「分かりました。では、お互いに仮面夫婦として暮らしましょうか」
乙女ゲーのおかげで、この後の展開は知っている。どれほど愛を訴えても報いてくれない夫に尽くす理由もない。穴を掘って埋める作業に等しい夫婦生活を送るほど、マリアは愚かではなかった。
「そ、そうかい。物分かりが良くて何よりだけど、本当に納得しているのかい?」
「この縁談の仲人は宰相閣下ですから。男爵令嬢の私に断る権利なんてありません。あなたとの婚約を受け入れるしかありませんから」
「むぅ、まぁ、納得しているなら構わないさ。これから一緒の家で暮らすことになるけど、あくまで夫婦ではなく、同居人だから。そのつもりでね」
「分かっておりますとも。仲良く暮らしていきましょう」
仮面夫婦の契りを結んだ二人は握手を交わす。契約は成立したのだった。
●
アレン公爵の邸宅で暮らし始めて数日が過ぎた。同居人として住居を共にしたことで、アレン公爵の人となりが見えてくる。
領主としての仕事を完璧にこなしつつも、手が空いている時は料理まで振舞ってくれる。その味は宮廷料理人以上の腕前で、マリアの舌を唸らせた。
使用人たちからも慕われており、いつでも愛想を欠かさない。絵に描いたような完璧超人であり、唯一の欠点はマリアを愛していないことだけである。
(人気キャラなのに攻略できないむず痒さが炎上に繋がったのですね……)
乙女ゲーの知識がなければ、マリアも入れ込んでいたはずだ。そして愛情を向けられないことに絶望していただろう。
(だから私は同居人としてビジネスライクに徹します)
執務室の扉をノックし、アレンの部屋を訪れる。書類の山に囲まれた彼はせわしなく働いていた。
手を止めることなく、顔だけを上げた彼は愛想笑いを浮かべる。使用人たちに向ける際に見せる笑顔と同じ表情だった。
「どうかしたのかな?」
「私も仕事を手伝ってもよろしいですか?」
「それは助かるけど、仕事を手伝ってくれても、君を愛することはないよ」
「知っています。そもそも、本当に愛されたいなら、こんな回りくどいアプローチはしません」
「ふふ、それもそうだね」
同居人なのだから、彼の厚意で養われるつもりもない。自分の食い扶持くらいは貢献する。その意気で机に腰掛けると、手当たり次第に書類に目を通していく。
(受けてきた淑女教育のおかげで、仕事も捗りますね)
貴族の令嬢は蝶よ花よと愛でられることこそが本懐だと口にする者もいる。だがマリアの考えは違った。領主となった夫を支えられてこそ、本物の令嬢だと信じていた。
領主であるアレンの判断が必要な書類だけ抜粋し、それ以外の雑多な情報は、要点だけを報告する。その処理速度に、彼は目を見開いた。
「君は優秀なんだね」
「こう見えても、努力してきましたから」
「分かるよ。君の努力は本物だ。なにせ過去に僕に求婚してきた令嬢たちとは大違いだからね」
手を止めたアレンは茫洋とした瞳で虚空を見つめる。塩対応の理由を知れるかもしれないと思いながらも、マリアは彼の心に踏み込もうとしない。
「僕の過去を訊ねないのかい?」
「私たちはただの同居人ですから。踏み入ってはいけない領域くらい、心得ています」
「さすが、それでこそ僕の同居人だ」
小さく微笑みながら、アレンは仕事を依頼するため別の書類を手渡す。頼られるのは悪くないと、作業に熱中するのだった。
●
マリアが公爵家に嫁いでから半年が経過した。同居人としての生活にも慣れ、アレンの仕事を手伝う毎日に充足を感じていた。
(これはこれで幸せな結婚生活なのかもしれませんね)
愛されてはいないが不幸ではない。衣食住は揃っているし、同居人のアレンは優秀だ。旦那としては赤点だが、上司としては満点なのだ。
(優秀な領主の仕事を傍で支えるのはやりがいがありますからね)
これからの人生は仕事一筋で生きて行こう。そう決意した頃、屋敷に突然の訪問者がやってくる。
「久しぶりだな、アレン公爵、そしてマリアよ」
「宰相閣下!」
客室のソファに腰掛ける大柄な男は、王国の政治を司る人物だ。年齢は重ねているが、彫りの深い顔立ちのおかげで、その魅力に陰りはない。市井にも女性ファンが数多くいるほどだ。
「今日はどういった用件です?」
アレンが問うと、宰相は顎に手を当てる。意を決する時の彼の仕草でもあった。
「俺が二人の縁を繋いだからな。結婚生活がどうかと気になったのだ」
「順調ですよ。マリアもそう思うよね?」
「まぁ、そうですね」
愛されてはいないが順調かと問われれば間違いない。悩むことなく首を縦に振るが、信用しきれてないのか、宰相は首を傾げる。
「誤魔化さなくていい。お前たち二人が、夫婦のような関係性ではないと情報が届いている。縁談は失敗だったのだな……」
「い、いえ、本当にそんなことは……」
「取り繕わなくてもよい。責任は取る。マリアよ。俺と結婚しろ」
「私が宰相閣下とですか⁉」
「俺が愛してやる。今以上に裕福な生活も約束しよう。どうだ?」
突拍子もない提案だった。ジッと見据える彼の瞳は、まっすぐにマリアを捉えていた。
(こんなシナリオはなかったはずですが……)
少なくとも攻略サイトに記載はなかった。だが振り返ってみれば当然の話だ。
この半年間、マリアから求愛したことは一度もない。
魅力的な異性を攻略する乙女ゲーで、敢えて塩対応を受け入れるプレイヤーがいるはずもない。誰からも発見されてこなかった特殊ルートを偶然にも引き当ててしまったのだ。
「で、どうだ? 答えを聞かせてくれ」
「あの、私は――」
「駄目だ!」
マリアの返答に被せるように大声をあげたのはアレンだった。いつも冷静な彼が初めてみせた反応だった。
「宰相閣下が相手でも、僕の大切な妻を渡せません!」
「愛し合っていない仮面夫婦と聞いたが?」
「半年前はそうでした。ですが、今は違います。僕はマリアを心から愛している。彼女がいるから毎日が幸せなんだ」
耳まで真っ赤にしながら、アレンは心の内をさらけ出す。本心を聞かされ、マリアの口元は自然とにやけてしまった。
マリア自身、アレンを素敵な男性として認めていたのだ。彼が愛してくれるなら、それを拒む理由もない。
「ふふ、仕方ないですね。これからも、あなたの傍にいてあげます」
「どうやら俺の出番も不要なようだな」
宰相はあっさりと引き下がる。その潔い態度にアレンは事情を察する。
「謀りましたね?」
「俺は素直になれない公爵の背中を押しただけだ」
宰相はしたり顔を浮かべる。マリアへの求婚は彼の本音を引き出すための芝居だったのだ。今は彼の策に感謝し、二人は目を見合わせる。本音を聞いた後だからか、頬が赤くなるのを抑えきれない。
「ごほん、改めて伝えるね。生涯、僕は君だけを愛すると誓うよ」
「私もです。夫婦として支え合っていきましょう」
同居人としての結婚生活は終わりだ。塩対応の公爵から溺愛される物語はここから始まるのだった。
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