適材適所
むかしのこと。猿に親を殺され復讐に燃える子蟹は
同じく猿を疎ましく思っていた者たちに助力を求めました。
集まったのは栗と臼と蜂と牛糞です。同じ志を持つ仲間。敵討ち隊の結成です。
さあ、まずは作戦会議。彼らはぞろぞろと子蟹のお家の中に上がり込みました。
「えっ」
戸が閉められ、囲炉裏を囲む子蟹と栗と臼と蜂。声を潜め、作戦を練ります。
「いや、待って!」
「ん? どうしたの? 牛糞さん」
「いや、あの、え? 子蟹くん?」
「はい?」
「なんで僕だけ外なの? それにみんなも何を言わず、自然に」
「いや、まあ……」
「うむ……」
「汚いし」
「え!? そこ!? こ、子蟹くん、え? まさかそれが理由で僕だけが家の外に?」
「えっと、はい、そうっすね。それでみなさん、どうします。新メンバーは」
「新メンバー!? まだ結成して間もないのにもう僕、脱退するの!? どうして!?」
「えっと、この戦いって多分、伝説になるというか、後世に語り継がれる気がするんです、
なんとなくっすけど」
「そこはまぁ、わかるけど」
「そこに牛糞って、はははははははっ!」
「……汚いか。僕は汚いか! でもだからこそ、猿に一泡吹かせることが――」
「僕の親は泡を吹いて死んだんですけど」
「デリカシーとは程遠いか、糞だしな」
「うむ」
「それよりもほら、新メンバーを決めちゃいましょうよ」
「いや、あの」
「そうですね、じゃあ……よし、昆布さんにしましょう」
「こここここ昆布!? 昆布が何できるっていうんだい!?」
「そりゃ、足を滑らせたりできるんじゃないですか?」
「フィニッシュは臼さんですもんね。隙を作るにはいい人材だ」
「うむ」
「文句なしだわ」
「おかしい、おかしいよそんなの!」
「で、作戦の確認なんですけど、まず全員で留守中の猿の家に行き
各々、所定の位置で待機。猿が帰って来て、温まろうと囲炉裏に火をつけたところで
まずは囲炉裏の中で待機していた栗さんがアツアツで特攻。
その後、熱い熱いと水桶に近づいた猿に桶の中に隠れていた蜂さんが襲撃。
で、たまらず家の外へ逃げようとした猿の足を
出入り口で待ち構えていた昆布さんが滑らせ
転倒した猿目掛けて屋根から臼さんが落下。グシャッと潰してお終い」
「いいね」
「うむ」
「それでいきましょう」
「いや、おかしいよ……」
「はぁ、まだ言っているんですか?」
「はん、栗さんが特攻? 熱々になった栗さんが体当たりしたところで
猿にそんなダメージを与えられるとは思えないなぁ。
顔を数回擦って終わりでしょう。そもそも火をつけるとも限らないし」
「え、いや、俺、頑張るし、なあみんな、え」
「これは……人選ミスだったかもしれませんね」
「うーむ」
「確かにそうかもね……」
「いやいやいやいや……じゃあ蜂だってどうだ?」
「な、なによ……」
「蜜蜂のお前なんか引っぱたかれて終わりだろう。家の外に飛び出すなんてあるか?」
「そ、そんなのやってみなくちゃわからないじゃない!」
「わからないじゃ困りますねぇ……」
「うーむ」
「ちょ、ちょっと! 二人ともなによ!」
「これも変更したほうが良いかもしれませんね」
「……なら臼さんはどうなのよ? 猿を押しつぶす一回きりのチャンス。
あなたにできるかしら? 外せば終わりよ?
そもそも猿を殺せるほどの重さがあなたにあるのかしら?」
「うぬ」
「まあ、一理ありますね……」
「そもそも作戦が杜撰なのさ!」
「う、うむ!」
「そうよ。所詮子蟹ね」
「な、じゃあ、自分で考えたらいいじゃないですか! 役に立たないくせに!」
「なにお!」
「うぬ!」
「そもそもアンタの親の敵討ちに集まってあげたんじゃない!」
こうして、ニヤつく牛糞を他所に揉めに揉めた敵討ち隊でした。
「うー、なんか変なのかけられちゃったよ。一体誰の悪戯だったんだぁ?
ムカつくなぁ。うう、冷えちゃったよ……」
そして、標的の猿が自分の家に帰ってきました。
寒い寒いと呟き、温まるために囲炉裏に火をつけた猿。
「ふぅー、ん……?」
しばらく経ち、ようやく違和感を抱いた時にはもう遅く。
熱されたことで、いくつもの銃弾が部屋の中で弾け飛び
一つは猿の下顎から口内へ肉を裂き入り、犬歯及び、第一、第二臼歯を砕きました。
猿はひぃぃぃぃと悲鳴を上げ腰が抜けたまま転げるようにして水桶に近寄りました。
滴る血が熱く、それ自体で火傷するようなそんな感覚がしていました。
水桶に手をかけた猿。
しかし銃弾の音で鼓膜を痛めていた彼には聞こえませんでした。
裏返った水桶。その中の怒れる羽音に。
猿が水桶をひっくり返すと
中に隠されていた巣から飛び出したスズメバチたちが一気に猿に襲い掛かりました。
猿には蜂が好む柑橘系の液体とフェロモンがかけられていたのです。
猿の悲鳴が家の中で木霊します。
瞼、鼻、唇、手足、体のあちこちを刺された猿はたまらず家の外へ飛び出しました。
「うわっ! ペッ! なん、これ、クサッ! あ――」
家の前に撒かれた糞で足を滑らせた猿が上から迫る影に気づいた時には
もう逃げようとすることもできませんでした。
猿は上から落ちてきた大きな釣鐘によって潰されてしまいました。
猿が撒き散らした臓物から湯気が立ち昇り、それはまるで魂が天に昇るようでした。
きっと、猿は天国で蟹に謝罪したことでしょう。仲直りできたはずです。
蟹の形をした雲が湯気を迎えるように空に浮かんでいたのですから。
さて、猿が死んだ瞬間を見ていた子蟹たちは大喜びしました。
でも牛糞だけは不満顔。
「結局、糞を使うのなら僕でも良かったじゃないか……」
「まあ、いいじゃないですか。無事、復讐できたんですから。
あ、どうもありがとうございました!
やっぱりこういうことをお頼みするなら人間さんが一番ですねぇ……」