13-6 伏見 北条軍争乱6
前々からそういう雰囲気はあったが、今回もまたかなり勘違いされている気がする。
借り上げている宿から出ようとしたら、夜番のものも含めたほぼ総員がずらりと並んでいて、その物々しい雰囲気に唖然とした。
口をぱかりと開けそうになったのをかろうじておさえ、ひと際張り切って長槍を握っている逢坂老に呆れた目を向ける。
殴り込みに行く訳じゃないんですけど。
「……それは仕舞っておけ」
見舞いに行くって言ったよね? 言ったよね?
念入りに咎めの目で見てやると、いぶかし気に見返され、槍を顎で指し示すとようやく気まずげな顔をする。
「供は護衛込みで十名以内」
「ええっ」と衝撃を受けたような顔をするなよ。
だから、喧嘩を売りに行くわけじゃないんだって。
「見舞いに来た子供を襲うような方ではない」
勝千代はそう言って上がり框に腰を下ろし、そろえて置かれた草履に足を突っ込んだ。
「ですが」
逢坂老が言いたいことはわかる。相手に見くびられないようにするべきだという考えなのだろう。
だが、相手が軍の大将だということを忘れていないか?
例えばその全員が雑兵であろうとも、千もの数に囲まれたら簡単に潰される。
一番に考えるべきなのは、そうならないよう立ち回る事で、導火線にこちらから火をつけるなど問題外だ。
「心配せずともよい」
勝千代はすくと立ち上がり、眉を下げた逢坂老の顔を見上げた。
転がし甲斐があるか否か、見極めに行くだけだ。
誰が聞いているかわからないので、言葉にせずそう言うと、逢坂はしばらく勝千代の顔を見つめてから、ものすごく渋々という感じで頷いた。
「……お供しても?」
何事もないと思ってはいるが、百パーセントではない。
逢坂老には、その些細な可能性に備えて、権中納言様をお守りするために残ってほしかった。
だが、皺だらけの顔があまりにも不安そうだったので、「その長槍を置いて行くのなら」と妥協した。
逢坂老が同行するとなると、三浦兄が残ることになる。
行く気満々だった三浦が悲しそうな顔になった。
……何度も言うが、見舞いだからな。
「長居はせぬ」
勝千代は残ることになる者たちを振り仰ぎ、皆が総じて不安そうな顔をしているのを見て苦笑した。
左馬之助殿が宿泊しているという建物は、伏見の街のはずれの方にある、広めの構えの武家屋敷だった。
持ち主はどうしているのだろう。追い出されたのかな、などと考えながら門の前で取り次ぎを願い待っていると、ギギギ、と酷くきしむ音をたてて重そうな門が開かれた。
「おお! 福島殿」
もの凄くご機嫌な遠山が、両手を広げて迎えに出てくれた。
「よくぞいらしてくだされた。さあさ、どうぞお入りを」
あまりにもテンション高くそう言われ、困惑した。
勝千代の知る遠山は、ひどく疲れくたびれた雰囲気の男だった。年齢も、還暦が近いように見えていた。
だが、満面の笑みを浮かべるその表情は明るく、エネルギーに満ち溢れていて、外見も十歳は若返って見える。
「お加減は如何でしょうか。あの後大変だったと伺っております」
「いや久々の大立ち回りでしたからなぁ」
用心深い質問の返答は、やはり何倍もトーンの明るいご機嫌な声色だ。
大立ち回り? 勝千代は首を傾げたが、その意味はすぐに分かった。
「……何をなさっているのですか」
護衛や側付きを含め二十名以上の武士がいる部屋に案内され、左馬之助殿の顔を見た瞬間に、勝千代の口からこぼれたのはそんな言葉だった。
非礼だと咎められてもおかしくなかった。
いくら年少とはいえ、目上の者へ挨拶もなく第一声がそれでは、怒りを露わにされても文句は言えない。
だが、呆れたその口ぶりに、不快を示す者はいなかった。
誰もが同じことを考えていたからかもしれない。
左馬之助殿は、見覚えがあるよりなお広範囲に当て布をされ、更には無事だったはずの腕には添え木までされ、さらにいっそう重傷化していた。
まさか大立ち回りをしたのは左馬之助殿本人? 背負われて逃げるしかなかったあの容体で、どうやればそんな事になるのか。
深夜に行われた粛清は、主だった者十名ほどが手打ちになり、残り三十名ほどが詮議中だと聞いた。
まさかその十名すべてを相手取り、「大立ち回り」をしたというのだろうか。
正気か、と露骨に顔を顰めてやると、分厚く覆われた当て布の下で苦笑されたのが分かった。
「や、やあ勝千代殿」
相変わらずの、のんびりと暢気な口ぶりだ。
若干どもっているのは、自身の側付きたちを含め、周囲の全方向から呆れた目で見られているからか。
特にものすごく不機嫌そうなのは、傍らに控える松永だ。いや不機嫌そうだというのには語弊があるな、怒り心頭、額に青筋が浮いて見える。
松永は、おどおどと勝千代の名前を呼んだ左馬之助殿に、キッと鋭い目を向けた。
この男については、露骨なほど直球過ぎるが、理知的で物静かな気質だと思っていた。何をどうやってそんなに怒らせたんだ。
こういうタイプは、こじらせるとものすごく面倒なんだぞ。
あとで聞いた話によると、松永や左馬之助殿の側付きたちが、彼の身に危険が及ばない事を大前提に、いかに穏便に事を済ませるかと心を砕いて話を詰めている最中、副将に直接談判するためにわざわざ出向き(背負われた状態で)、挙句の「大立ち回り」なのだそうだ。
左馬之助殿は確かに命を狙われていたし、裏切られてもいた。
だが同時に、彼を慕う武士たちも予想通りに大勢いたし、なんなら風魔の忍び頭という、鋭利な刀も持ち合わせていた。
幾人でも、左馬之助殿のために命を懸ける者は側にいたのだ。
それなのに。
「ご無事でようございました」
「……うっ」
逆に殺されていてもおかしくなかった。綱渡りどころか刃の上を逆立ちで進むような真似だ。
勝千代の、露骨に皮肉を含んだ台詞に、左馬之助殿は小さく唸って胸を押さえた。




