表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春雷記  作者:
京都編
5/397

1-5 上京 藤波邸跡2

 福島家うちの奴らは過半数が脳筋である。

 悪口ではない。違うとも言わせない。

 何事も力業で解決しようとする傾向があり、攻撃されたら反撃する、それの何が悪いのかと真顔で聞いてくる連中ばかりだ。

 問題なのは、それが福島家うちだけではないという事だ。

 こういう時代だから、腕に覚えがある者は多く、世の中はそれで身を立てよう、のし上がってやろうと考える者であふれかえっている。

 より良い仕官先を求める向上心があり、伝手やコネがある者はまだいいのだ。だがしかし、一定数は高望みしすぎるのか仕官が叶うことなく、ごろつきのような真似に手を染める者も少なくない。

 ……そう、福島家の男たちを囲んでいる三十人、いや四十人近い男たちは、間違いなくその類だった。

 武士として仕官したいのであれば、まずは身だしなみからだぞ。

 そうアドバイスしてやりたいほど、ごろつきか武士か見分けのつかない者ばかりだ。

 

 最初はぽつぽつと視界に入るだけだった男たちが、次第に通りを塞ぐように距離を詰め始め、土井らが立ち去って四半刻もしないうちに、藤波邸のあった公家屋敷通りは物々しい雰囲気に包まれていた。

 幸いにもここは上京で、火災跡地でもあり、一般の人通りは少なかった。

 ちらほらといた通行人たちも、物騒な気配を察したのだろう、あっという間に姿を消している。


 福島家の家人は十人ほど。

 取り囲んでいるのは四十人ほど。

 単純計算だと四倍の敵なのだが、勝千代を守る男たちに臆した様子はない。

 ……まあ、あの父に普段から鍛えられ、激戦区を潜り抜けてきた猛者どもだ。感覚がおかしいのは今さらな話だ。

 だが、一般的に考えると、数量は力だ。

 数が多いほうが有利なのは自明の理だ。

 囲んでいる男たちも、己らの優位を確信している様子で、はた目にもニヤニヤと、油断しきった表情で近づいてくる。


「谷」

 勝千代は、不快もあらわに顔を顰めた小柄な男を窘めた。

 ここ四年で、勝千代の周囲にいる者たちには、「公の場では、許可が下りるまで刀は抜かない」ということを躾けたが、この男だけはなかなかいう事を聞かない。

 勝千代に緊急と非緊急の区別がつくのかと、もっともかつ幾度となく命を救われた理由を上げてくるのだが、それと同じぐらい厄介事になりかけたのをスルーするのはやめてほしい。

 ここは京だ。

 慎重に行動しなければ、どこで大問題を引き当ててしまうかわからないのだ。

「刀は抜くな」

 重ねて命じると、谷は苛立たし気に舌打ちし、地面に転がっていた木切れを拾い上げた。

 木刀代わりにするには心もとないと感じたのだろう、すぐに放り投げ、燃え残った竹垣を蹴飛ばして芯の太い部分を抜き取る。


 勝千代の側にいる男たちは、わかりやすく屈強な体格をしているわけではなく、実戦で腕が立つと父に認められた者たちばかりだ。

 特に谷は、小柄なうえに線も細い。誰も、始末に困るほどの戦闘狂だとは思わない。

 一見、少年がチャンバラごっこをしているようにも見えなくはなく、ぶんぶんと二度ほど振ってバランスを確認するその姿に、囲んでいる者たちは声を上げて失笑し始めた。

 ……いつまで笑っていられるかな。


 結果、四十人ほどの男たちは、時間を計るほどももたずに地べたと仲良くなっていた。

 谷に倣って太い竹を手にした護衛組が、容赦なく連中を戦闘不能にしてしまったのだ。

 具体的にどうしたかって? ……二度と刀を握れなくなった者が多いと言えばわかるだろうか? 

 かえってえげつない反撃だと思わなくもない。刀傷であれば、傷がふさがれば復帰も可能だろうが、手足や間接の骨を砕かれてしまえば、二度とまともに刀を握れるとは思えないからだ。


「お勝さま」

 苦痛の不協和音で呻いている男たちを見下ろしていると、三浦がそっと声をかけてきた。

 勝千代はちらりと、通りの反対側に目を向ける。

 騎馬が数十騎。ものすごくのんびりとした足取りで近づいてきていた。

「どうされますか」

 馬上にいる者たちからは、転がっている者どもの姿が見えていないのだろう。

 谷らは連中を、藤波邸の敷地内に誘い込んでから叩いたのだ。

 馬の進みがやけにゆっくりなのは、この者たちがまだ来ていないと思っているのかもしれない。

 タイミング的に、地面に頬ずりしている連中と示し合わせている可能性は高かった。

 丁度いい感じで救いの手を差し伸べるつもりだった? あるいは、勝千代の供を皆排除し、その上でこの身をどうにかするつもりだったのかもしれない。


 勝千代は少し考えて、平助の名を呼んだ。

「はいっ」

 童顔で、気質の良さがその面相ににじみ出ている平助は、三浦の弟らしく口弁もなかなかだ。敵を作らないように立ち回るのもうまく、機転もきく。

「検断職だろう。浪人らが怪我をしていると教えてやれ」

 わざわざ教えなくとも、じきここへ来そうだと思ったのだろう、平助はきょとりと小首を傾げる。

「藤波邸に到着してみれば、気の毒な男たちがいたのだ」

 本当に物騒な世の中だよな。

 何度も頷きながらそういうと、平助の無垢な目がキラキラと楽し気に光った。

 こいつのこの表情を見て、悪意を感じ取る者は少ない。

 実際は、悪戯が過ぎて年長者に叱られることの多いやんちゃ者なのだが。


 

 跳ねるような足取りで、ぶんぶんと手を振り回しながら騎馬に向っていく平助を見送り、もう一度足元の男たちを見下ろした。

 勝千代と目が合って、苦痛の声を上げていた男が、急に呻くのをやめた。

 いや、勝千代に怯えたわけではない。

 谷が、木刀代わりにしていた竹を、証拠隠滅とばかりに男の鼻先に突き刺したのだ。

「口封じされるだろうか」

 誰に言うまでもなくぽつりとこぼしたその一言に、名も知らぬ男は真っ青になり、谷はどうでもいいとばかりに肩をすくめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
福島勝千代一代記
「冬嵐記3」
モーニングスターブックスさまより
2月21日発売です

i000000 i000000 i000000
― 新着の感想 ―
[一言] 40人の賊が秒殺ですか・・・・・・まぁ、わかってましたけど
[良い点] 谷さんがいっぱいで、何をどこから伝えればいいのか。非常に悩ましいです。 本来のご主人(渋沢)じゃないから、隙あらば反抗しますね。 そりゃもちろん、勝千代の「刀を抜くな」より渋沢の「勝千代…
[良い点] 冬の時にも、勝千代が何人もの手綱を握ってる妄想をしてましたが、とりあえずこの場面では10本。 9本分は4年かけて猛獣つかいになれたようですが、 いちばん小さい柴わんこだけは、未だリード引…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ