1-5 上京 藤波邸跡2
福島家の奴らは過半数が脳筋である。
悪口ではない。違うとも言わせない。
何事も力業で解決しようとする傾向があり、攻撃されたら反撃する、それの何が悪いのかと真顔で聞いてくる連中ばかりだ。
問題なのは、それが福島家だけではないという事だ。
こういう時代だから、腕に覚えがある者は多く、世の中はそれで身を立てよう、のし上がってやろうと考える者であふれかえっている。
より良い仕官先を求める向上心があり、伝手やコネがある者はまだいいのだ。だがしかし、一定数は高望みしすぎるのか仕官が叶うことなく、ごろつきのような真似に手を染める者も少なくない。
……そう、福島家の男たちを囲んでいる三十人、いや四十人近い男たちは、間違いなくその類だった。
武士として仕官したいのであれば、まずは身だしなみからだぞ。
そうアドバイスしてやりたいほど、ごろつきか武士か見分けのつかない者ばかりだ。
最初はぽつぽつと視界に入るだけだった男たちが、次第に通りを塞ぐように距離を詰め始め、土井らが立ち去って四半刻もしないうちに、藤波邸のあった公家屋敷通りは物々しい雰囲気に包まれていた。
幸いにもここは上京で、火災跡地でもあり、一般の人通りは少なかった。
ちらほらといた通行人たちも、物騒な気配を察したのだろう、あっという間に姿を消している。
福島家の家人は十人ほど。
取り囲んでいるのは四十人ほど。
単純計算だと四倍の敵なのだが、勝千代を守る男たちに臆した様子はない。
……まあ、あの父に普段から鍛えられ、激戦区を潜り抜けてきた猛者どもだ。感覚がおかしいのは今さらな話だ。
だが、一般的に考えると、数量は力だ。
数が多いほうが有利なのは自明の理だ。
囲んでいる男たちも、己らの優位を確信している様子で、はた目にもニヤニヤと、油断しきった表情で近づいてくる。
「谷」
勝千代は、不快もあらわに顔を顰めた小柄な男を窘めた。
ここ四年で、勝千代の周囲にいる者たちには、「公の場では、許可が下りるまで刀は抜かない」ということを躾けたが、この男だけはなかなかいう事を聞かない。
勝千代に緊急と非緊急の区別がつくのかと、もっともかつ幾度となく命を救われた理由を上げてくるのだが、それと同じぐらい厄介事になりかけたのをスルーするのはやめてほしい。
ここは京だ。
慎重に行動しなければ、どこで大問題を引き当ててしまうかわからないのだ。
「刀は抜くな」
重ねて命じると、谷は苛立たし気に舌打ちし、地面に転がっていた木切れを拾い上げた。
木刀代わりにするには心もとないと感じたのだろう、すぐに放り投げ、燃え残った竹垣を蹴飛ばして芯の太い部分を抜き取る。
勝千代の側にいる男たちは、わかりやすく屈強な体格をしているわけではなく、実戦で腕が立つと父に認められた者たちばかりだ。
特に谷は、小柄なうえに線も細い。誰も、始末に困るほどの戦闘狂だとは思わない。
一見、少年がチャンバラごっこをしているようにも見えなくはなく、ぶんぶんと二度ほど振ってバランスを確認するその姿に、囲んでいる者たちは声を上げて失笑し始めた。
……いつまで笑っていられるかな。
結果、四十人ほどの男たちは、時間を計るほどももたずに地べたと仲良くなっていた。
谷に倣って太い竹を手にした護衛組が、容赦なく連中を戦闘不能にしてしまったのだ。
具体的にどうしたかって? ……二度と刀を握れなくなった者が多いと言えばわかるだろうか?
かえってえげつない反撃だと思わなくもない。刀傷であれば、傷がふさがれば復帰も可能だろうが、手足や間接の骨を砕かれてしまえば、二度とまともに刀を握れるとは思えないからだ。
「お勝さま」
苦痛の不協和音で呻いている男たちを見下ろしていると、三浦がそっと声をかけてきた。
勝千代はちらりと、通りの反対側に目を向ける。
騎馬が数十騎。ものすごくのんびりとした足取りで近づいてきていた。
「どうされますか」
馬上にいる者たちからは、転がっている者どもの姿が見えていないのだろう。
谷らは連中を、藤波邸の敷地内に誘い込んでから叩いたのだ。
馬の進みがやけにゆっくりなのは、この者たちがまだ来ていないと思っているのかもしれない。
タイミング的に、地面に頬ずりしている連中と示し合わせている可能性は高かった。
丁度いい感じで救いの手を差し伸べるつもりだった? あるいは、勝千代の供を皆排除し、その上でこの身をどうにかするつもりだったのかもしれない。
勝千代は少し考えて、平助の名を呼んだ。
「はいっ」
童顔で、気質の良さがその面相ににじみ出ている平助は、三浦の弟らしく口弁もなかなかだ。敵を作らないように立ち回るのもうまく、機転もきく。
「検断職だろう。浪人らが怪我をしていると教えてやれ」
わざわざ教えなくとも、じきここへ来そうだと思ったのだろう、平助はきょとりと小首を傾げる。
「藤波邸に到着してみれば、気の毒な男たちがいたのだ」
本当に物騒な世の中だよな。
何度も頷きながらそういうと、平助の無垢な目がキラキラと楽し気に光った。
こいつのこの表情を見て、悪意を感じ取る者は少ない。
実際は、悪戯が過ぎて年長者に叱られることの多いやんちゃ者なのだが。
跳ねるような足取りで、ぶんぶんと手を振り回しながら騎馬に向っていく平助を見送り、もう一度足元の男たちを見下ろした。
勝千代と目が合って、苦痛の声を上げていた男が、急に呻くのをやめた。
いや、勝千代に怯えたわけではない。
谷が、木刀代わりにしていた竹を、証拠隠滅とばかりに男の鼻先に突き刺したのだ。
「口封じされるだろうか」
誰に言うまでもなくぽつりとこぼしたその一言に、名も知らぬ男は真っ青になり、谷はどうでもいいとばかりに肩をすくめた。