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春雷記  作者:
駿河編

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241/397

45-4 駿府 今川館 本殿4

 さて、勝千代のこれからの仕事は長い待ちだ。

 上がってくる情報に耳を傾け、苦情を申し立ててくる者がいればその相手もしなければならない。

 上座に再び腰を下ろし、私語がぴたりとおさまった大広間を見回した。

 勝千代と彼らとの間には、沈黙というよりも緊張感がある。

 数え十歳の子供相手に酷い態度だ。

 いや正確には、こちらに怖い顔を向けているのは護衛の谷らぐらいなものだ。

 皆が勝千代から視線を逸らそうとしているし、中には露骨に身体の向きを違えている者もいる。

 そんな、怖がられるようなことをしたかな?

 あるいはここにいる皆に、身にやましいことがある?

 どちらにしても勝千代のすることは変わらず、置物役を続けるだけだ。


「勝千代様」

 昼前。相変わらずの雨音が続く中、低い声で声をかけてきたのは側付きの木原だ。

 ちなみに三浦兄弟は、事情が事情だけに今川館には来ていない。ここで三浦本家の者と顔を突き合わせ、余計なトラブルに至るのを避けるためだ。

 福島屋敷では引き続き情報の握り潰しの件を調べなければならなかったので、自主的にそう申し出てくれて助かった。

 木原が差し出してきたのは、その三浦兄からの書簡だった。

 封書ではないが、丁寧に折りたたまれていて、几帳面な気質が垣間見える。

 受け取って目を通そうとして、周囲からのもの凄い量の視線に顔を顰めた。

 置物役は引き受けたが、一挙一動を見られているのは楽ではない。

 勝千代が文を読もうが、この距離では内容などわかるはずもないのに。

 小難しい文書だろうが、時間つぶしの小話だろうが、彼らに関係するものではないとわかりそうなものだ。

 それなのに、じっと見られている。

 まるで、勝千代が手にしているのが、自身の進退にかかわる爆発物でもあるかのように。

 さすがに煩わしくなってきた。こそこそ隠れて読めば、それこそ余計な勘繰りをされそうなのでしないが。


 勝千代は周囲からの凝視など気づいていないふりをして、きれいに折り畳まれた書簡を広げた。

 見慣れた三浦の文字が、几帳面に書き綴られている。

 一通り目を通して、ぎゅっと眉間にしわを寄せた。

 いかんいかん。この歳で、志郎衛門叔父のクレバスのようなしわを作りたくはない。

 眉と眉の間から力を抜く。同時に、ぎゅっと口角が下がるのは仕方がない。

 もう一度文字を目で追って、心を落ち着けるために目を閉じた。

 兵庫介叔父の手の者が屋敷の多くに浸透しているようだという内容だった。

 そのうちの一人が、国元からの書簡を握り潰し、危険を伝えないようにした。

 その理由は何だ? また父に成り代わり福島家を得ようとしているのか?

 内訌というにはあまりにもお粗末。書簡の握り潰しだけで何ができる? むしろ実務の実権を握っている志郎衛門叔父の怒りを買うだけだろうに。


 問題は、お葉殿とその親族たちに兵庫介叔父に迎合する者が多くいるということだ。

 お葉殿自身は、強く何か意思表示をするようなことはないが、四年前から一貫して勝千代とは距離を置いた関係だった。

 親しく会話をすることもなく、その心情を推し量ることは難しい。

 だが幸松と幸の身の安全を第一に考えているのはお互いにわかっているはずなので、浅慮な選択はしないと思うのだが……。

 勝千代は三浦兄からの文を三度読みなおしてから、そっと元通りに折りたたんだ。

 放置して良い内容ではなかった。

 兵庫介叔父が今現在、御側室に与えられる宮のひとつにいる事はわかっている。

 この時代には、後宮などという考えはあまりない。いやあるにはあるが、そこまで強く管理されてはいない。離宮にいる人員の多くが女性で構成されているし、血族以外の男性が近しく傅くのは問題にされるだろうが、親族、特に父親であれば何も言われない事の方が多いのだ。


 兵庫介叔父に会いに行くべきか?

 勝千代はそれにより起こる騒動を思い、更に険しく顔を顰めた。

 正直なところ、会いたくはない。

 だが避けては通れない相手だ。

「若」

 武骨な鎧兜から、赤味要素のつよい直垂に着替えた逢坂老が、勝千代の真正面に座った。

 その深みのある赤い衣は、大広間の中でもひどく目立つ。

 派手な色は年寄りには向かないと言われているが、逢坂老にはこのイメージカラーしか当てはまらない。

「朝比奈殿が、御面会に来られています。甲斐戦線について気になることがあるとか」

 助かった、と思ったのは顔に出てしまっただろうか。

 逢坂老は、周囲にはわからない程度に片眉を上げた。

 わかっている。後回しにしていいことなどありはしない。だが、できる事から済ませておくのは間違ってはいないだろう?

「それから……」

 勝千代は、逢坂老が床に置いた一枚の紙を胡乱な目で見下ろした。

 単なる走り書きのメモのようなもので、折りたたまれてもおらず、すぐにその内容を読み取ることができた。

 見覚えがある、渋沢の文字だ。


 ―――桃源院様の意識が戻られた。

 たった一行のその言葉は、兵庫介叔父よりもなお優先して会っておかねばならない相手の存在を、否応もなく思い出させるものだった。

昨日から、本作についての苦情などが複数来ています。

内容についてのご意見は真摯に受け止めさせて頂いています。

全てに返信することはできませんが、ご了承いただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 苦情、、、ふむ、先祖が駿河で文官でもしていましたかな。
[良い点] いつも勝千代くんシリーズ楽しみにしています。 毎日の更新が楽しみで更新来てないかなとなろうを見てしまうくらい楽しみです。 また知らなかった室町後期や今川家の歴史を知る良いきっかけにもなり …
[一言] 毎日の更新を楽しみにしてます。 苦情に負けないで!! (本音:続きが読めないくなると、勿体無いし寂しいからエタらないで・・。)
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