24-2 叡山前2
同時刻。
勝千代らが派手派手しい装いで叡山参道入り口に行きついた頃、弥三郎殿をはじめとする別働隊には下京へ攻め込ませていた。
打って変わって実用的な鎧兜の、庶子兄らにならってどこの所属かわからない風体の歩兵部隊である。
多くの目が上京へ向いている刻限、その集団が目指すのはもちろん幕府中枢。皇子を監禁している伊勢殿の本拠だ。
幕府を新しく立ち上げ、今まさにその先駆けの状況。現在幕臣として下京にいるのは兵を持たず単身足利将軍家に仕えている文官が多い。
もちろん無防備なわけではなく、それなりに武装した者たちもいるのだが、彼らの多くが下京の守りよりも上京の奪還に息巻いているから、所属不明の歩兵部隊五百が封鎖されていた門を破っても、更には幕府の仮御所へと迫ってきていてさえ、状況の把握すら満足にできない様子で、碌な反応はなかったそうだ。
伊勢殿のために弁解しておくと、北条や今川の動きに目を光らせてはいたと思う。
ただ、両軍とも本隊に動きはなく、そのうちの少数がちらほらと何かをしていてもすべてを把握するのは困難だ。
ピンポイントでそこだけ見ている分にはわかったのかもしれないが、あちらこちらで何もかもが一斉に起こった。
見るべきところが多すぎて、判断を下すのが明らかに遅かった。
もちろん、そうなるようにタイミングを合わせたのだ。
わざわざわかりやすく動いてやる必要はない。
勝千代と朝比奈殿が細川京兆家の武将と向き合っている時間帯、つまりは弥三郎殿が皇子救出のための潜入を開始した頃、今川の本隊は陣払いをして川沿いを北上し始めていた。
祝い装束の派手な鎧武者たちが、今川の旗、つまりは足利家と同じ家紋を掲げて練り歩く。
できるだけゆっくり、見せつけるよう進軍するように命じたので、さぞ見栄えがする華々しさだろう。
本来、総大将の朝比奈殿がいるべき位置には、格別な装いの一条権中納言様。
衣冠束帯、周囲が鎧兜の武家なので、際だって華やかに見えるはずだ。
黒い冠に黒い袍、眩いばかりに鮮やかな白い表袴。
どこから用意したのか格式高そうな輿に乗り、それを持つのは一条家の若い侍従たちだ。
武家の物々しい軍隊の真っただ中にいるには極めて異質だが、その分遠くからでもはっきりとその存在が見て取れるだろう。
京の町で戦が始まっており、遠くからでも聞こえる物々しくも猛々しい剣戟や怒声を横目に、春の萌えるような新緑を背景にのんびりと行軍する。
腹を立てる連中は多そうだと、勝千代は向かいあう見知らぬ男が顔を顰める前で小さく笑った。
「小僧、なにがおかしい」
その男が苛立つのも無理はない。
一触即発、今にも戦いが勃発しそうな軍勢を前に、数え十……いやそれより二、三歳は幼く見える子供が失笑しているのだ。
戦場に子供がいること自体おかしな事だし、それが大将クラスの騎馬武者とタンデムしているというのも異常だろう。
勝千代は不快を露わにされて当然だと感じたが、周囲の者たちは違ったらしい。
ぞわり、と背筋に悪寒が走った。
鳥肌が立ち、着物と触れ合う部分がチクチクするのがわかる。
「そちらこそ無礼な口を閉ざせ」
絶対零度の冷ややかな声色は、耳元から聞こえた。
同乗している朝比奈殿のものだ。
五倍の数の兵を前にして、一見戦いをするには相応しくない装飾過多な装いの騎馬隊はいかにも不利だった。
しかも足場が悪い。
騎馬隊は一応は高い位置にいるが、参道の幅は狭く急勾配だ。囲むように布陣した細川京兆軍は、若い大将格とその他数人以外は歩兵で、所持しているメイン武器は長槍。
引き口を塞がれた朝比奈殿の騎馬隊には、どう見ても勝ち目などないように見える。
だがさすがに細川京兆軍の実働部隊、煌びやかな、実戦向きには見えない騎馬隊を、見掛け倒しのお飾り部隊だとは思わなかったようだ。
勝千代がぶつぶつした腕をさすっている間、朝比奈殿は動かなかった。
だが、その配下は素早く所持していた長槍の派手な飾り袋を穂先から外し、一様に下向きにして構えの体勢に入っている。
勝千代の居る位置からは首を巡らせても見えなかったが、弓を保持している者もいたようで、朝比奈殿が手綱を握っていた手を軽く振ると同時に、びゅんびゅんと矢弦を放つ音が聞こえた。
矢は細川京兆軍と朝比奈騎馬隊の丁度真ん中付近に狙って刺さった。
あからさまな威嚇だ。
もちろんゲームのように無限弓などあるわけがなく、保持している矢の本数にも限りがあるだろうに、降り注いだその数はかなり多い。
弓の射程内だと察して、細川軍の大将を守るべく側付きたちが前に出てくるが、対峙していた歩兵たちはあからさまにじりじりと下がり、それについての叱責がそこかしこから響く。
朝比奈殿が手甲をまとった腕を上げ、人差し指を一本、騎馬上の大将に向けた。
ぎゅん、とひときわ強そうな弓弦の音がして、続けざまに数本、勝千代の真横あたりを通ってまっすぐに飛んだ。
威嚇の時はある程度の高さをつけた放物線だったが、今回は明確に的に向けて放たれていた。しかも高低差を利用して、かなり強い弓での射的だ。
勝千代は内心「おお」と感嘆の声を上げた。
矢は身をすくめた大将の兜の垂れに深々と刺さっていて、馬たちが怯え嘶き不安定に足を踏みらなしている。
「……下がれ。次に狙うのは眉間だ」
朝比奈殿の声はそれほど大きなものではなかったが、連中に冷や水を浴びせたことは間違いない。
丁寧に書こうとすれば説明臭くなり、描写重視にすれば話が長くなる><
あくまでも勝千代視点を徹底していますので、その他の部分の描写解説が浅いのはご容赦ください。




