23-3 下京外 宿場町3
風魔忍びは有能なのだ。その辺の有象無象とは比較にならないぐらいに。
優秀な手と目を持ち合わせた忍び集団が狙いを定めたら、あっという間に兵糧の隠し場所は見つかった。
長い時間をかけて準備したのがわかる、上京北部地下を利用した貯蔵だった。
そのこともあるから、余計に上京の奪還を急いでいるのだろう。
もちろん左馬之助殿に真っ先に報告したと思う。
勝千代に教える義理などないはずなのに、小太郎自ら知らせに来た。
まるで、世間話でもしに来たように。
「それで、探し物は見つかったのか?」
「おかげさまで」
そう答える小太郎は、はっきり何色ともわからない地味な小袖に袴を身にまとっていた。これだけの巨躯だから、目立たないでいるのは難しいだろうが、闇の中にいるとまるでそこに溶け込んでいるようだ。
こんな時刻に突撃訪問しないで欲しい。
そこにいるとわかっていても、獣のような目がぎろりと光るたびに心臓の脈拍が早くなる。
探し物(兵糧方)を見つけてどうしたかまでは尋ねなかった。
勝千代であれば、まず情報を抜くことを命じただろうが、虚仮にされた返礼をしたのだとしても理解はできる。
それだけ、兵糧に小石を混ぜるというのは質が悪い行為だ。下手をすれば全軍が敗退する原因にもなりかねない。
浮いた金を懐に入れたか、どこから命じられてやむを得なかったのかはわからないが、国元に戻れば、その兵糧方の家族あるいは親族に至るまで処分の対象になるだろう。
それほどまでに罪は重い。
朝倉軍は既に上京を攻め始めていた。
細川京兆軍は上京の高い土塁を利用して、今のところは防いでいるようだ。
どちらもまだ先鋒のつばぜり合い、様子見の段階だという。
戦いが本格化するのは明日の朝からだろうというのが、朝比奈殿や井伊殿の意見だ。
「こちらも田所を見つける事が出来た。息のあるうちに引き取れてよかった」
田所は伊勢殿の手の者に始末される寸前、ぎりぎりのところで段蔵が見つけた。
罪人のように牢に捕らわれ、配下の半数がすでにこと切れていたし、田所自身も拷問のような取り調べを受けていた。
とはいえ怪我は爪を剥がされ手足の骨を折られた程度で、身体のどこかが欠けるというような深刻な負傷ではなく、二か月もすれば回復するとのことだ。
始末されずに済んだのは、上京攻略の真っ最中だったおかげかもしれない。
伊勢殿の頭の中では、後回し案件だったのだろう。
回収できた田所とその配下の見舞いに行き、意識のないその様子を見てきただけに、勝千代にとってすっかり伊勢家は敵だった。
皇子の御身は丁寧にあつかっているようだが、伊勢殿のやろうとしていることに納得はできないし、受け入れるつもりもない。
少し前までなら、今川家が伊勢に合力すると決まればそれに従うのもやむをえないと思っていたが、今は違う。
「細川京兆家がその兵糧に気づいていないのなら、かすめ取るのも面白そうだ」
嫌がらせぐらいいいだろう。
いや、こっそり負けるように仕向けてもいいだろう。
頭の中で、今使える手段をリストアップしているが、そのどれもが伊勢側にとって痛手になる事ばかりだ。
「面白いことを仰る」
そう言って、小太郎が例のきしむような声で笑った。
面白いものか。
田所の配下を幾人も殺し、再起不能な者もいて、田所自身大怪我を負った。
勝千代は、周囲の者たちがそういう目に遭う事には敏感だ。慣れてはいけないし、怒りを感じなくなっても駄目だと思っている。
それは敵に対してだけではなく、不甲斐ない自身に対してもだ。
怒りは理性を失わせる。はらわたが煮えくり返りそうなときほど、冷静さが必要になる。
勝千代が気持ちを落ち着かせるために、手に持っていた扇子をパチリと鳴らすと、ふっと小太郎の哄笑が止んだ。
異様に迫力のある目でじっと見つめられ、苛立ちを悟られまいとぐっと奥歯を噛みしめる。
「面白い遊びをなさるのでしたら、ぜひ寄せていただきたい」
「左馬之助殿の許可もなく安請け合いをするな」
「我らは雇われにて」
勝千代は扇子を片手で弄びながら、闇に溶け込んだ男のふてぶてしい異相を見返した。
傭兵か。北条と言えば風魔とイコールで考えていたが、同じ風魔衆の段蔵らが福島家にいる事からもわかるように、一族として召し抱えられているわけではない。
つまり先立つものさえあれば、見るからに重戦車級のこの忍びを雇うことも可能だという事か。
だが、問題はもちろんその「先立つもの」だ。
佐吉が下京へ潜入できるよう、米俵を買い込むのに放出してしまった。
手持ちの銭でできることはもうほとんどなく、国元の資産を出せると安請け合いもできない。そもそも、風魔の総領を雇うのに幾らかかるのか。
つまり、無い袖は振れない。
「銭ならない」
「それは残念」
「だが遊びたいなら寄せてやる」
「……ほう」
「そちらの兵糧が不足しているというなら丁度良いのではないか」
他人が買い占めた兵糧を駄賃にするという勝千代の台詞に、小太郎はほんの一瞬ぽかんとして、次いでそのぶ厚い唇をにまりとゆがめた。




