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春雷記  作者:
京都編

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20-4 山科 山中4

 頸動脈から鮮血が飛び散る。

 それはまるで、勢いよく吹き上げる噴水のようだった。

 勝千代は岩肌に背中を押しつけ、芸術的なまでに等間隔に吹き上げる真っ赤な飛沫を美しいと感じてしまう自身に震え上がった。

 嬉々として敵を屠っているのは谷だ。

 この男が刀を振り回す姿を見るのは初めてではないが、これまではまともに観察したことはなかった。

 小柄さは戦いにおいて間違いなく不利なはずなのに、谷はむしろその優位性を生かして敵の間を縦横無尽に疾走していた。

 その刀の一振りごとに、きれいに首の皮がはじけ鮮血が飛ぶ。

 的確に、急所も急所、頸動脈だけを狙って外さない。


 土井は勝千代のそばからぴったり離れないが、市村ももちろん戦っている。

 だがこと戦闘において、体格的に恵まれた市村よりも谷のほうが際立って剛腕だった。

「……残りは」

 勝千代はあまりの血の匂いに吐きそうになるのを堪え、一瞬唾を飲み込んでから問いかけた。

「あと五人です」

 真上の木の枝からそう言ってよこしたのは弥太郎だ。

「伏兵は処分しました」

 ああそう。優秀な奴らばかりで助かるよ。


 勝千代を追っていたのは二十数名。誰の目にも敵の優位のはずだった。

 だが、エンカウントした瞬間に勝負はついた。

 特に策を弄したわけでもないのに、ちょっと引くほどの圧勝だった。

「お怪我はございませぬか」

 市村が心配そうな表情をして戻ってくる。

 勝千代は苦笑しながら頷いた。

 土井の刀が仕事をすることはなく、すべてその手前で片が付いた。怪我などするはずはない。


「……御顔の色が」

「酔った。山道は揺れる」

 本当は眩暈がするほどの生臭く錆びた臭いに吐きそうだったのだが、誤魔化して軽く腹をさすった。

「すまないな、土井。さすがに重かっただろう」

「いいえ。相変わらず羽のようにお軽うございます。もっと召し上がりませんと」

 藪蛇だ。

 四年前から勝千代の配膳係を誰にも譲らない土井が、眉間の皺を深くしながら言った。

「毎食握り飯をあと二つほど増やしましょう」

 炭水化物じゃなくてタンパク質なんだよ。穀物じゃなくて肉。

 そういってやりたいのをぐっとこらえて苦笑いを返す。

「腹が破裂するよ」


 パチリ、と小枝が折れる音がした。

 勝千代がさっとそちらに目を向けると、獣道になっている藪の切れ目から両手を高く上げた武士が姿を現した。その背後には抜き身の刀を付きつけた谷。

 珍しく気をまわしてひとり生かしたのかと思いきや、よく見れば「承知」と言って敵の首を撥ねたあの男だった。

「伏兵をつぶしたのはこの男です」

 谷がものすごく不機嫌そうな表情なのは、食えると思っていたモノが他所の手に渡っていたからか。要するにもっと戦いたかったのだろう。


 勝千代はまじまじとその男の顔を見て、あまり特徴のないその面立ちに、どこかで見たことがあると記憶をたどった。

 ああそうだ、段蔵の村にいた忍びの男だ。今川館にも潜入していたから、そういう任務を主にこなしているのだろう。

 つまりは、福島家麾下の忍びという事だ。

「助かったよ。苦労して潜った潜入先じゃないのか?」

「いえ、お役に立てましたでしょうか」

「そうだね」

 男は血しぶきで汚れた顔に、人のよさそうな笑顔を浮かべた。


 思い出した。

 男にはまだ幼い息子がいた。勝千代によく懐いてくれていた可愛い子だ。名前は確か……

「喜助は幾つになった?」

 男の表情が、更にぱっと明るくなった。

 感じ入った様子で頬を上気させ、眦にしわを寄せて歯を見せて笑う。

「数え八つにございます」

「大きくなっておろうな。たまには顔をみせに戻ってやるがよい」

「やんちゃざかりで手を焼いております」

「それぐらいでちょうどよい」

 男は抜き身の刀を付きつけられたままの状態で、その場に片膝をついた。

「報告いたします」

 ああうん。勝千代も知らなかった潜入先での報告を、この場で聞いてもいいものか。

 ちらりと弥太郎がいる木の枝を見上げるが、姿は消えていて、いつのまにか勝千代の真横に立っていた。


「細川管領が御命じになられたのは、証如様を押さえて本願寺派を掌握することです。京兆家からの密書に良いご返答がなかったことが原因です」

 ああ、あの首ポーンな男は細川京兆家の者か。

 証如を押さえ、本願寺派を思うように動かそうとしたのだろう。

 山科の本拠地は大変なことになっているが、北陸のほうの勢力は相当なものだと聞く。

 朝倉への押さえとして使おうとしているのかもしれない。


 そういえば、証如の祖母は伊勢家の血筋だという。

 故に、本願寺は伊勢殿側につくのだろうと予想していた。

 だが、六角軍から城攻めが如く攻撃を受け、細川管領からの密書にもいい返事をしなかったという事は、中立を保つということだろうか。

 先代が身罷ってすぐなので、内々の話がまとまっていないだけかもしれない。それなのに、あんな風に攻撃を受けてしまえば、もはや伊勢殿に合力しようとは思わないだろう。

 ついでに言えば、門徒たちの希望の光である証如に無体な真似をしようとしたと知られれば、細川京兆家に味方することもないと思う。

 北条軍と同様、難しい立ち位置だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 谷さんの無双にドキドキしました。 あと喜助のお父ちゃんで、無事でよかったと嬉しくなりました。
[一言] あの喜助ちゃんパパだったんですね! 与平や楓は元気でしょうか?
[良い点] 吉兆家ではなく京兆家じゃないかしら 元々は右京大夫の唐名が京兆尹ってトコから来てるし
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