20-2 山科 山中2
否定すればするほど怪しく感じるものだ。
だがしかし、現状京から逃れようとしている者は大勢いるし、その経路として本願寺方面から、というのはおかしな話ではない。
押し問答する者たちを肉壁の隙間から覗き見し、まずはその数を把握する。
うちの連中がここまで警戒するのだから、さぞ大勢なのかと思いきや、倍ほどだった。倍で拍子抜けするのは間違っている。普通倍量といえば武力差として圧倒的のはずだからだ。
だけどまあ、それぐらいならいつものことだ。
勝千代の腕に触れんばかりの距離にいる弥太郎が、いつもの唇を動かさない小声で言った。
「……伏兵がいます。風上方向」
「数は」
「おそらく三十ほど」
表に出てきたのは二十数名だが、藪の中に残り三十も身を潜めているのか。
つまりは総勢五十名、五倍だ。これはつらい。
切り抜ける事は出来るだろうが、無傷でというのは難しそうだ。
「三浦」
こういう時の口八丁だろう。
勝千代は己の子供っぽい声色を最大限に利用して、それをさらにトーンを上げて、無邪気な幼い若君風に口を開いた。
「早う参ろう。足が痛い」
「……しばしお待ちください。この者たちが」
「山賊か何かか?」
「いえ」
「ならば通してもらえ。足が痛いのだ」
わざと作った無邪気さは、何故か周りの者たちには不評なようだ。
下を向いて失笑したのは気づいているぞ。
「証如様でございましょうか」
再び、どこの誰とも知れぬ武士からそう問われた。
「証如? 誰?」
勝千代はコテリと首を傾げた。
「そなたは何者か」
名乗れよ無礼者、と言外に言って見せると、相手は見るからに不快そうな表情をした。
不快なのはこちらもだよ。伏兵を置き囲むということは、明確な敵対行為だぞ。
「名乗れ、山賊」
「……我らは山賊ではござらぬ」
「では何故大勢で囲うのだ? こうやって旅人を山の中で囲んで難癖をつけるのが山賊だと聞いたぞ」
こちとら無垢無邪気なお子様だからな。思ったことを思ったままに尋ねるんだよ。
「あいにくと当家はそれほど裕福ではないのだ。持ち合わせは少ないうえに、身代金を取れるほどでもない。無駄な事はせず去るが良い」
「……いや、殿は大枚積みそうですけど」
「その前に単身乗り込みそうですけど」
黙れよ土井に市村。
「チッ」
あろうことか、お子様の可愛らしい宣言に件の武士は舌打ちした。
土井と市村の呟きは聞こえなかったと思うからノーカウントだ。
男はしばし迷った様子も見せたが、隙間から見える勝千代を年齢的に証如だと思ったのだろう。
「……余計な者は始末せよ。証如様には傷をつけるな」
実に悪役っぽい台詞で麾下の者たちに命じた。
あちらの武士たちがそれぞれ刀を抜き、勝千代の傍らで証如がぶるぶると震え始める。
同じようにぶるぶる震えているのは至近距離にいる谷だ。
ちらりと見たその顔は目が炯々と輝いていて、口角がほんのわずかに持ち上がっている。
……こちらは恐怖ではなく武者震いだな。
どうしたものかと熟考している時間はない。
迷っているうちに仕掛けられてしまえば、こちらの数が削られるばかりだ。
そんな時、ちらりと視界の隅っこで何かが動いた。
それは、勝千代の意識をわずかに引くための、弥太郎の手の動きだった。
さっと上げられた手の指が、かすかにクロスしている。小指と薬指。たまたま重なりはしない指だ。
「よくわからぬが、やはり山賊か。京は物騒だな」
勝千代は明朗な声でそう言って、ぶるぶる震えている証如と谷の腕を左右に掴んだ。
もちろん証如は安心させるため。谷はまだ動くなと制止するためだ。
口調はのんびりとしたものを保ちつつも、頭はフル回転していた。
うちの者たちの力量に不安があるわけではないが、使いどころを間違ってはならない。無駄な浪費は問題外。余計な戦いをさせるつもりはない。
「山賊というものは、名乗りもせぬのか」
「名乗れる名など持ち合わせておらぬのでしょう」
辛辣な事を言うのは三浦だ。こちらものんびりとした口調だが、すぐにも刀を抜けるよう腰を低くし、周囲の者たちと同様に鯉口を切っている。
「そうなのか? それでは死した後はどうするのだ? 墓標に書く名がないではないか」
「かかれ!」
勝千代は命じられた男の配下が、一瞬躊躇したのを見逃さなかった。
にっこりと子供らしい笑顔を浮かべ、好奇心いっぱいに問いかける。
「まあまて山賊。実のところ山賊なる者と話をするのは初めてなのだ」
「……我らは山賊などではないっ!」
「ではどちらの御家中か」
間を置かずそう尋ねると、反射的に答えようとしたのが分かった。
ここでぽろりと喋るほど間抜けだと思っていたわけではないが、意図して返答がなかったことに落胆した表情を作ってやる。
「言えぬであろう、気の毒に」
つまりこの時点で、無頼の者として反撃を受け、ここで死んだとしても、文句は言えないという事だ。
「……というわけだ」
勝千代の、特に張り上げたわけでもない声が、丁度途絶えた風の音の隙間に響いた。
「承知」
返ってきた声は、再びざざざーっと木々が揺れる音に紛れて、ほとんど聞こえなかった。
たった一瞬。
瞬きをした一瞬のうちに、相手の武士の首が飛んだ。
振りぬいた刀を握っていたのは、今の今まで、男の配下の者としてその後ろに控えていた中年の男だった
久々の出勤(会議)で疲れ切って寝ておりました。フリーランスでも出勤あるんですよ。zoomでいいのに。たまにだからめっちゃくちゃ疲れます。
遅くなりました。




