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春雷記  作者:
京都編
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2-3 下京 宿3

 わりと早期から悟っていた事がある。

 じっとしていても、何も解決しないということだ。

 相手も「なんとなく」で仕掛けてきているわけではない。目的があるから、金も時間も手間も掛けているのだ。

 一番いいのが、最初からそんな事をしようと思わせない事だが、暴力を是とするこの時代でそれは簡単な事ではない。

 たしかに、力で押さえつけるのが最もわかりやすく有効なのだ。

 目に見えてはっきりとわかる力。……今の勝千代にそれはない。

 ここは京。今川家の力は遠く及ばず、父の武威すらも噂程度にしか聞こえてこない。

 供回りも少なく、装いも地味。

 田舎から無理をして出てきた田舎侍。おそらく周囲の評価はそんなものだと思う。


 扇屋の目的が、かつての一件への復讐だとして、確かにここ京を襲撃地に選んだのは狙い目だ。

 無頼の浪人も山ほどいるし、金さえ払えば何でもするという輩は多いだろう。

 現在の治安の悪さ、取り締まる機能の欠如は周知の事実。

 つまり、ここで何が起こってもおかしくないという事だ。

 例えば勝千代が殺されて、その真相を調べようとしたとしても、「運が悪かった」の一言で済まされてしまう可能性が非常に高い。

 いくら父でも、今川家の看板を背負って無理難題を押し通すことはできず、結局はうやむやになってしまうのだろう。


 もちろん、殺されてやるつもりなどない。

 扇屋の思惑の向こうにいる、「とある方」とやらに踊らされるつもりも。

 厄介事は素早く片を付けるに限る。

 誰にも、貴重な十日間の邪魔はさせない。


 夕刻が近づき、人通りが増した通りを見下ろしながら、勝千代はのんびりと扇子を弄び思案した。

 二階の肘掛け縁から見えるのは、物騒な京の実情とはかけ離れた賑やかな人の波だ。

 こうやって見る限り、平和そのもの。

 目を引くような揉め事もなく、人々の顔には笑顔があふれている。

 子供が笑いながら走り、威勢のいい物売りたちの声もそこかしこから聞こえてくる。

 焼けただれた公家街を見てきただけに、人々のその日常をひどく貴重なものだと感じた。


「失礼いたします」

 元気な声とともに部屋に入ってきたのは、三浦弟だ。

 そのウキウキした顔をみるに、食事の用意が出来たのだろう。

 案の定、続いて現れたのは膳を持った土井だ。

 いつの間に戻って来ていたのか、毒見役の弥太郎も定位置に控えている。

 基本的に勝千代が誰かと膳を囲むことはない。つまり、複数人にじっと見つめられながらの食事になる。

 もう慣れたが、旅先でわいわいと食事ができる平助らが羨ましい。

 

「どうした、皆と食べて参れ」

 弥太郎が毒見をし、しばらく待機時間を置く。

 その手持ち無沙汰な間にも目をきらめかせている平助に、戻って食事をして来ればよいと声を掛ける。

 懐石とまではいかないが、品数が多く彩りも良い膳に見とれていた平助が、はっとしたように勝千代の方を見た。

 お前、本当に食い気優先だよな。


「いえあの……ちょっと気になることを耳に挟みまして」

 平助は少し迷うようなそぶりを見せた。

 食事中にする話ではないのかもしれない。

「申してみよ」

「あのう、団子屋の娘が言うていたのですが」

 団子。

「あ! お勝さまにも食べて頂こうと思いまして」

 ……ついでか。

 慌てた風にパタパタと手を振った平助に、弥太郎までもが呆れた目をしている。

「明日のお八つにお出ししますので!」

 周囲からの目に必死で言い訳を重ねるが、お前、話したいことがあったんじゃないのか。

 ようやくそのことを思い出した平助が、咳払いをひとつして話し始めた。

 込み入った話ではない。

 だが、折角の食欲が減退してしまう内容だった。

 食べ終わってから聞けばよかった。



 子供が殺されたそうだ。

 一人二人ではない。

 年のころは数えで十歳前後。圧倒的に男児が多いが、女児もいる。

 ほとんどが武家の子供で、いくらかは商家の子も混じっているが、皆がそれなりに「いいところの子」であるらしい。

 武家の方の話は定かではないが、商家の子供は数日前から行方が分からなくなっていて、親が必死に探していたのだそうだ。

 見つかったのは鴨川の河川敷。全身を切り刻まれ、それはひどい有様だったという。

 奇妙なのは、行方不明になった当時の身なりとは違い、男女問わず水干姿だったということ。子供によっては、公家風の化粧まで施されている者もいたという。

「丁度お勝さまと同じ年ごろの子供の話ですから、気になって」

 平助は若干声を潜めてそう言って、他に誰が聞いているわけでもないのにきょろきょろと周囲を見回した。

「このこと、兄上には黙っていてくださいね。その……団子屋の看板娘が兄上の話を聞きたがったので、話し込んでしまって」

 なるほど、昨日団子屋の前を通った時にでも三浦兄を見かけたのだろう。

 ああいう優し気な色男はいつの時代もモテるんだよな。


 せっかくの美味しそうな湯豆腐なのに、どうにも食が進まなかった。

 佐吉の言っていた「とある方」というのが、もしかしたら関わっているのではないか。

 ふと思いついてしまった想像に、気分が悪くなってきた。

 子供を殺した? 何人も?

 ……変態野郎め。

 握り締めた箸がパキリと音をたてて折れた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 監視ではなく見守りなんでしょうけど、誰かにじっと見られながらする食事は嫌ですね。 しかも食欲のなくなる話を平気でしてくる。 三浦弟は悪気がないでしょうから仕方ないですけど、 弥太郎とかは(…
[気になる点] 真っ白い水干を着た、空飛ぶ童子の物の怪がイタナー。 白い薄絹はためかせ、おてて振ってサービスまでしてたナー。 あれも正体バレてるのだろうか。 [一言] 前から思っていましたが、三浦弟…
[一言] こっちの方もやっと追い付いた~と思ったら、なんか世直し物になってる?wまぁ勝っちゃんが可愛ければヨシ! 作者さんも良いお年を~
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