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トレーニングデイ

 私が本格的なナイフトレーニングを開始したのはここ数ヵ月のことだった。

 もっとも、自分自身が他と違うという認識は子供の頃からあった。具体的にそれが何なのか言い表すことが出来ないのだが、友人であるところのAIに質問すると、とても人には話せないような内容が羅列された。もし、それを良い方に使わなければ、私はビランとなることだろう。もし周りの皆がそれを知れば、きっと迫害され、虐められ、社会のお荷物として切り離される事であろう。古びた家具をゴミ捨て場に捨てるように。


 人と生身で触れ合うと逃げ出したくなることがあった。皮膚が解け合って、体液という体液がまざりあってしまうような気さえした。自分が自分として定義できなくなる感覚。そんなとき私は決まって鎧の設計に打ち込んだ。なぜ自分がこんなにも自分を守るための道具に固執するのかまるで分かっていなかった。


 それが何かわかったのは、私がナイフトレーニングを始めた時だった。

 もしこの話をしようものならば、会社の同僚、知り合いたちは卒倒し今までの会話の全てを考え直すだろう。そこから抜け落ちた人間的な間は、全てが違和感へと変わるのである。


 練習会場として指定された公民館はとても大きなコンクリート作りの立派なものだった。しかし、その外壁は排気ガスの黒に煤けてどこか人の気配がしないような場所だった。

 11月を過ぎた冷え込む小雨降る日とあって道行く人も殆どいない。集合時間の15分前には会場に付いた私は人気の無さに辺りを見渡した。


 時間まで近くの公園で時間を潰し、手動ドアを押し広げると、室内も特に煌びやかな装飾があるでもなく地味で質素だった。ふと、病院みたいだと思う。

 フロントマンなどいるわけでもなく、特に受け付けも無いようだった。


「ああ、予約された○○さんですね」声のした方を見ると日に焼けた線の細い男が立っていた。

「はい、そうです」

 私は背負ってきた荷物を下げて部屋へと入った。角部屋だ。窓には厚いカーテンがかけてあってそれを隠すように彼は話しかけてきた。


「どこで知りましたか?」

「SNSで」

 確かに、日本でこういうトレーニングをしているところは少ない。また、トレーニングを必要とする人も少ないので繋がりを持つこともまた希である。


 私は荷物を床に置くふりをしてドアの一番近いところに陣取った。彼はそれに気がつかなかったようなふりをしながら一瞬動きを止めた。

「トレーナーをお持ちですか?用意してください」

「これなんですけどいいですか?」

 私は答えながらリュックからナイフを取り出した。

 密室だ。相手が息を飲むのを感じる。私が暴れればただではすまないことを彼等は知っている。そしてナイフの1本くらい持って来たところで彼等が何も言わないだろうということも分かっていた。連絡を取ってから是非来てくれと即答で返事を送ってきたのだから。

 リュックから取り出したトレーニング用のナイフを皆で吟味した。私は人にナイフを当ててトレーニングした経験が殆どなかったために、その顔に出来た切り傷を食い入るように見つめていた。その漫画みたいな傷らだらけの顔が笑顔に歪むのは、どこか現実離れしたイメージを持ったし、日本にそんな人がいることが不思議でならなかった。


「初めはX字で切ることから始めます」彼は興奮して上気した呼吸を隠しながら少し上ずった声で話し始めた。良く見ると半身で構えていつでもナイフが振り抜けるように準備していることがわかった。


 彼は切り方を教えてくれた。他のインストラクターさんの体に直接切れない刃物を当てて練習させてくれるというのではっきりと嬉しかった。人間の肉の柔らかさ。息使い、体温の高さ。軽く当て引いていたら押し付けるようにと指導された。


 次にあったのは太股に対する突き刺しの指導だった。たんたんと進む指導を聴きながら早くやりたいことしか頭になかった。


「じゃあ、やってみて」

「はい」


 8割ぐらいのスピードで腕を付き出した。持っていたナイフが太股を貫通して反対側に突き抜けるイメージをもって行った。彼の足が震え、体液が塗らす黒いシミが服に広がった。彼は一瞬怯えた表情を作ったが直ぐに作り笑いを浮かべる。

 私は微笑み返すと上体を起こして彼の肩に手を付くと親指に力を込めて肩の筋肉量を探った。筋肉は嘘を付かない。彼は細身だったが良く鍛えられていた。

 耳が痛くなるような沈黙が流れていた。


「今までなにをやってたんですか?」

 このような質問が来たとき決まって私は答えを決めていた。

「ラグビーをやっていました」


 彼は私を恐れていた。

 練習後になぜかを聞くと、言い淀んだ後に「普通の人は切れと言っても切れないのです。刺せと言っても動けない。どういうわけかあなたは普通にやっている。どの格闘技をやってきたんですか?」と言うわけだった。


 私は映画やドラマで見たものをそのままトレースしている。だから戸惑いがない。だから、ヒーローに向いている。


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