山登り
先日、山登りをした。目的は山頂にある神社に行くことだった。
私、このように鎧など着ておりますから、当然、悪をくじき、弱きを助けるような人間でありたいと思う一方で、弱い心を内に秘めておりました。当然それは死に直結しうる弱点です。神様にもすがって自分は強くあろうとするわけです。
想像して欲しい。ギラギラと輝く鎧に身を包んだ騎士が黙々と山登りをする様を。もともとその神社は、武具を持った益荒男がご利益を得るために登っていた山だった。そのため別に変なことではなかった。今、令和だということをのぞいて、全ては正しかった。
私のような者が山に入るときには必ずといって良いほど不思議なことが起こった。その山は大変な人気の山であったが、その日に限っては全然人がいない……。
山のなかも閑古鳥が鳴いて人っ子一人いない。されど、山の雰囲気は独特で体をねぶるように生暖かい風が吹いていた。
常に視線を感じていたのだった。それどころか、人の通らないような藪の中から足音など聞こえる。
ふと、気がつくと目の前には若い鹿の姿があった。角はなく、小柄で、尻は真っ白な毛でおおわれていた。おそらく、若い雄鹿か、雌鹿であろう。その鹿が頭を垂れて、私の後ろをずっと着いてくるのだった。
歩みを止めればそちらも止まる。
また歩けば着いてくる。
怖い。
思わずヘルメットのバイザーをガチャリと下げる。
その鹿はまるで、お目付け役か、道案内、あるいは、通行手形のようであった。
しばらく進むと足元の石は丸みを帯びてツヤツヤと朝露に濡れて輝き出した。頭上の木々からは鳥達の歌声が聞こえ、その声に耳を澄ましていると、なにか不思議なことが起こった。
山道の登り。それも人のいないような山で、なぜか足元に線香の煙のようなものが揺らぎ、さっと姿を消してしまった。
見間違いだろうと思い、歩みを進めると、今度はより大きな煙が足元に絡み付き、まるで甘える子犬のように、脛当に当たるではないか。
変な匂いもした。動物が腐ったような、メタンガスのような匂いがして、おそらく本当に動物が近くで死んでいたのだろうと思う。
山頂から先に降りてきた人と鉢合わせして叫ばれるなどする。
そりゃそうだわな。完全武装の人間が上がってくるなんて。
すかさずヘルメットのバイザーをあげてにっこり笑顔で応対する。
私は、この時怪異そのもので、居合わせた子供は放心状態であった。怖いよね。うん。分かる。
歩くだけでガチャガチャとうるさい鎧はいつの間にか追いかけてきた鹿の姿もなくなっていた。
問題は頂上である。
目的の神社は鳥居を二つ越えた先の山頂にあった。
そこはまるで、綿菓子に包まれたように真っ白であった。天国のようだと思った。あまりにも美しかったので写真を撮るのを忘れたくらいだ。
いや、それでよかったのかもしれない。もしあの景色を写真に撮っていたならば、おそらく、写ってはいけない物が写っていただろう。
なにしろその山その物が霊山であり、かつて、ここから戦争に行った魂も鎮めている。それどころか、もっと前、一番古い歴史では縄文時代から人々は崇めていたという。
そんな山の帰り道でヒルに足を吸われる。
脛当をはずして休憩中のことであった。
血が止まらないんですね。知りませんでした。脛当をきつく結び止血して下りましたが結構ショックでしてね。
ああ、動物と混血になったのだなと思うと悲しくもあり、嬉しくも思いました。獣化。こんなことで動物の遺伝子が乗っかることはないと思うけれど、ほんのちょっぴり、嬉しかったのを覚えています。山にいる神様がまだ帰って欲しくなかったのかな。だったらいいな。




