鎧を磨いて
箱の中に大切に保管された宝石は、傷を負うことで世界の美しさを知ることはない。
私の鎧は3度の着用と洗濯を終えて光り輝いていた。
鉄板が擦りあってできた傷も、皺が寄った肩当ても、家に置いておけば発生することは無かった。だが、その一つ一つが、裏付けを与えてくれるのだった。硬いものはぶつけると凹むんじゃなくて漆が剥がれるのだった。これがまたカッコいいのだった。歴戦の勇者みたい。ああ、この姿を見て、みんなは写真を撮るのだなと思う。今、私の右隣で鎧は座っているが、鎧というのは飾っておくものではない。有事の際にはこれが晴れ着となり、死に装束となり、そのまま棺桶となる。日ごろから体に慣らしておくべきものだ。多分もっと深みが出てくるんじゃないのか。ああカッコ良くなっていく。
もし、私がこの令和の世でこれを着なければ、その事実に気が付くことは無かっただろう。本を読んでもこの感情は知らなかったはずである。
最初40分かかっていた着用も、今では10分ほどになっていた。
今から死地に向かってくれと言われたならば、私は必ずこの鎧を着て行く。かつての戦場では、たった一撃のために鎧に全てを委ねたそうだ。相手の一太刀を鎧を信じて無防備で受け止め、そのすきに相手の懐に入って鎧の隙間を突くという戦い方である。その信頼関係は、日本人が、物に対する愛情のような感情を持つ人種だからこそ生まれたようにも思う。私は不思議な愛情のような物をこの鎧に感じていた。
こんなことを書いているが、実はもう一着設計した。石を投げないでくれ、浮気じゃない。
エゴサーチをしている時に見かけてしまったのだ。この小説を読んだ人が自分なら西洋甲冑を着てみたいと書いていた。
私もどうなるのか気になる。
着てみたい。騎士になる。騎士はどんな世界を見ていたのか。
武士の視界は広く、輝いていた。対して騎士はどうだったのだろうか。
騎士の甲冑は日本の物と大きく異なっている。鉄砲や弓や投石が卑怯者の道具として蔑まれた日本に対して、海外は剣や槍こそが時代遅れの武器と笑われていた。そのため、飛び道具を弾き返すように、西洋甲冑に使われる鉄板は加工硬化をもくろんだ打ち出し加工で製造され、銀ギラ銀に磨かれていた。
しばらく日本鎧に親しんだ者からすると、そのギラギラがあまりにもお下品であるように思えた。なんというか、めちゃくちゃスカートを折っているみたいな感じがする。
日本鎧と比べて関節の自由度も低そうであった。
日本鎧の自由度が高いのは、鎧武者同士が戦う場合、刃物で決着がつかないことがあるためである。日本刀では鎧が切れないので、最終的に取っ組み合いで決着をつけるのだ。これを柔術という。これがのちにスポーツ化され柔道になった。
それをやるために、鎧の指は剥き出しである。
対して西洋甲冑では、臆病なほどに指先まで鉄で覆われているのだった。何のためか自分はまだ知らない。余程を怪我するのが怖かったのだろうか。果たしてこれでどう戦うのか見ものである。
バケツをひっくり返したようなヘルメットに、横一文字であけられたスリットと呼ばれる覗き穴は、多分ほとんど前が見えていないのではなかっただろうか。
クリスマスに合わせて鎧の方にもプレゼントを用意したい。選ばれしエリート武士は背中にボンボンを背負ったそうなのだ。それも人が1人入れるくらいのサイズの玉である。大玉ころがしの玉ぐらいある物を背中につけた武士が文献にも出てくる。なんか可愛いのであれを自作しプレゼントする予定である。
あとどこかに野太刀や槍は落ちていない物だろうか。槍の方が刀よりも現存数が多いらしい。戦場でどちらが有効だったのか示すようでもあるが、神様に送られた大太刀など知ってしまうと、一度鎧姿で握ってみたい物だと思う。




