着用
産まれる時代を間違えたと思っていた。
この日本には危険がない。それゆえに平和であり、退屈なのだ。
会場に行って分かったのは、実に多くの人がコスプレを文化として楽しんでいるということだった。普段の自分とは全く違う他の人生を楽しむ。青や白や金色の髪の毛、短いスカート。
受付を済ませ、私も更衣室で着用する。なんのことはない。25キロの鉄の鎧を身につけ外に出るのだが、私はそれが怖かった。
これが初めての体験だったのだ。外で着ること。場合によっては通報されかねない。しかも更衣室の外には運営が用意してくださったスタッフがおり、ヤバイことをしないか見張っているのだった。
まるで透明な空気の壁のような物がある気がした。
一歩踏み出すと視界が広がったようだった。
意外にも鎧の視界は広い。僅かに視界の右上と左上に冑の端が見えるだけでほとんど普通の視界と変わらない。だから皆の表情がよく見えた。
ずっしりと重い胴がジャラジャラと私の緊張を表すように音を立てる。
そこは更衣室の前ということもあって、多くの人が待ち合わせをしていた。
彼、彼女らはコスプレイヤーである。その行為には格好を真似するだけでなく、そのキャラクターになりきることも楽しみ方にある。それゆえに、皆アニメやゲームの主人公や登場キャラとなった自分のことしか見えていなかったのではないかと思う。意外にも悲鳴をあげられることはなかった。
更衣室に鏡があったため自分でも確認したが、本物の鎧というのは、正に戦うための形をしている。自分でも恐ろしい見た目をしていると思ったが、誰もそれを指摘しないのである。
思ったのと違う。そう思って、建物の外に出ようとスタッフに話しかけた。
「すみません、外会場にいくにはどういったらいいですか?」
返事がないので見ると、スタッフは口をあんぐり開けて固まっていた。
もし私が、『今は何年か?』と聞けば、彼は私をタイムスリップしてきた武士だと思ったに違いない。
彼はわざわざ地図を手に説明をしてくれたのだった。
外に出るには一度商業施設を通らねばならなかった。そう。そこは、一般のお客様のいるフロアであり、普通に買い物に来たお客さんが階段を利用していた。
特に覚えているのは子供づれの父で、私を見て興奮する子供より、はるかに興奮したお父さんがじーっとこちらを見て数歩近づいて来たのだった。恐らく彼にも同じ血が流れていたことだろう。
ああ、あの時に話をしておけば良かったと今になって後悔している。きっと彼も同じ気持ちだったのだろう。あるいは幽霊でも見たと思ったのかもしれない。
そしてついに鎧を着た私は、屋外へと足を踏み出した。