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3-45.友情

45.



「エレーナ様」


「なによ! もっと堂々としていればいいんだわ。なに使用人から客の前で不満げにされて、簡単に謝罪をしているのよ。紅茶であからさまに差をつけられているんじゃないわよ。口付けただけで瞳の色が変わるほどの差があるってどういうことよ。舐められ過ぎよ」


 指を突きつけ、勢い込んで叱られる。

 けれど、ベスは妙に嬉しくて笑ってしまった。十年以上も会っていなかったけれど、目の前にいるのはエレーナ・ハインリヒ侯爵夫人だけれど、ベスの友人エレーナ様なのだと実感できたからだ。心がじんわりと暖かくなる。


「エレーナ様。学生時代ではあるまいし。ひとを指差すのは不作法でしてよ」


 少しドキドキしながら、学生時代のように言葉を返した。

 あの頃は、もっと思うままに言葉を口にしていた。

 誰に脅えることもなく。

 思うままに勉学に努め、笑い合うことができた。


「今はあなたとふたりきりだからいいのよっ」


 わざとなのだろう。甘えたようにぷりぷりと怒ってみせるから、ベスの肩の力が抜けていった。

 ベスにとっては、学生時代、いいや、あの婚約破棄騒動以来となる、友人と交わす気の抜けた会話だった。


 だから、紅茶から目を上げた先に、エレーナ様の大きな瞳がたっぷりと涙を湛えているなどとは全く想像すらしていなかったのだ。


「なんで? なんでよ。ユーリ様から聴いていた話と、全然違うじゃないの。結婚を目前にしてるのに全然幸せそうじゃないし! あんな襤褸切れ握りしめて、ひとりで泣いたりしているんじゃないわよ。お相手はお金持ちなんでしょう?」


「エレーナ様」


 身も蓋もない言葉に困ったベスはこめかみに手を当てた。

 確かにバードはお金持ちである。

 侯爵家の三男で継ぐべき爵位こそないが、医師という名誉ある仕事を持ち、社会的信用も高い。

 ユーリ・ケインズ伯爵からどう教えられたのかは分からないが、ベスに対して愛をもって結婚を申し入れた訳でもない。

 この結婚が幸せという言葉から一番遠いところにあると、説明しなければならないと思うと気が重かった。

 視線がまた少しずつ下へと下がっていく。


「助けを求めなさいよ。親友でしょう?!」


 けれど、エレーナのこの言葉に励まされる。


「まだ、私を親友と呼んで下さるのですか? いまだに、嫁ぎ先のハインリヒ侯爵家よりご融資して戴いた資金を返せていないような、不甲斐ない私を」


 甘えてしまっていたのは確かだ。

 父が海外へ出掛ける金があるならば、返済を優先すべきなのではないかと父と相談したこともある。

 結局は、無期限無利子催促なしという契約書の文言に、領地の未来をとってしまった。


 あの時、返済を優先させていたならば、父テイトは今も横にいてくれたのかと思うと、ベスは胸が掻きむしられるような気持ちになった。


「いいのよ。ちゃんと契約書類にも書いておいたでしょう。ある時払いの催促無しなんだから。それにあれはハインリヒ侯爵家から出たお金じゃないもの。便宜上そうしておいただけで、私の個人資産からのものだもの。元々返して貰えなくても構わないって思って出しているの」

 けれど、そんなベスにエレーナは更なる告白をした。

「そんな……」

「だって、返さないでいいって言ったら、あなたは受け取ってくれなかったでしょう? あなたのおかあさまは素直に受け取ってくれそうだけれど、それはなにかちょっと……嫌だったの」


 わかるでしょうと笑いかけられて、ベスは胸が高まり過ぎて、涙を堪えることができなかった。




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