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3-43.もうひとりの侯爵夫人

43.



 婿入り先に対する不実な未来を、不貞相手に笑顔で語る婚約者を殴ってしまったあの日から、ずっと。


 陰口だらけであった卒業までの苦悶の時間も、社交界での針の筵のような時間ですら、ベスを励まし、力づけてくれた。まさに得難い友人であったエレーナ・パルト伯爵令嬢。今は当時の婚約者と婚姻を結び、ハインリヒ侯爵夫人として、ベスとはまったく違う、眩しいほどに輝かしい人生を歩んでいる。


 所詮は男性であるユーリ・ケインズ伯爵令息を除けば、ただひとり、ずっと令嬢としてベスの傍に寄り添ってくれた味方。

 それでも、未来の侯爵夫人となるべく研鑽に努めていたエレーナはとても忙しく、学生時代の友人でしかない下位貴族のベスにかかずらう暇などほとんどありはしなかった。


 それに、当時のエレーナは伯爵令嬢で権力もなかった。令嬢ひとりの奮闘では地に落ちたベスを救いあげることなど出来る筈もなかった。

 エレーナが予定通りに婚約者の侯爵家嫡男と結婚してからは、ベスの方から尻ごみをしてしまい顔を合わせることも減り、手紙のみの交流をするのみで疎遠にしてしまっていた。

 そんな不義理なベスに、大旱魃の最中には「恩返しはあなたの領地の復興でいいわ」と冗談めいた言葉と共に食料を援助して貰うなど最大限の援助をして戴いた。




「ふふ。良かったわ、すぐに名前を呼んで貰えて。ほら、私ったら幸せ太りしてしまったでしょう?」


 ぱちりと扇を閉じて視線を集め、にやりと笑うその笑顔は確かに大切な友人エレーナのもので、ベスは感極まってもう一度友人の名前を叫んだ。


「エレーナ様! 本当に、エレーナ様なのですね」


「そうよ、あなたの友人エレーナよ。夫経由でユーリ・ケインズ伯爵からあなたの婚約がついに決まったと教えられたのに、結婚式の招待状どころか報告の手紙すらちっとも届かないし。催促の手紙を書いても返事もくれないから来てやったわ。結婚が決まって幸せになったら、もう学生時代の友人の事などどうでもよくなってしまって心のゴミ屑みたいにポイ捨てされてしまったのかと思っていたところよ」


「あぁ。そのちょっと皮肉な言葉の選び方は、間違いなく私のエレーナ様だわ!」


「そうよ、あなたのエレーナよ。ふふ、なによ。ベスったら最後に会った時と全然変わってないじゃない。憎たらしい」


 エレーナの口元が弧を描き、眇められた瞳がきらりと輝いた。

 最後に顔を合わせた時の記憶の中にいる友人よりもずっと、いま目の前にいる友人の表情が活き活きとして見える。その事がエレーナはとても嬉しかった。


「残念ながら、年齢より老けて見えるって評判を頂いておりますわ」

「やだ、可愛くないわ。せっかく体重が変わっていないことを褒めてあげたのに」


 言われて、ついエレーナ様の全身を爪先まで見回してしまった。

 美しいエレーナ・パルト伯爵令嬢。

 艶やかな金色の髪と薄いブルーの瞳が豪奢な宝石のようで、凛と立つ姿はまるで神という名工によって作り出された宝飾品のようだった。

 誰よりも優美なラインを描く細いウエストに。まっしろで染みひとつ傷ひとつない嫋やかな手。完璧なマナー。

 その美しい一挙手一投足にベスはいつも見惚れたものだ。


 だが今、ベスの視線の前に立つその人は、確かに髪の色も瞳の色すらも記憶にある美しいそれではあるし、所作のひとつひとつに気品すら感じさせるが、別格といいたくなるような貫禄を持つ、瀟洒な絹のアフタヌーンドレスがよく似合う高位貴族のご婦人だ。


 全体的にふっくらとしているが、それでも艶のある髪と染みひとつない白い肌は健在だ。知性を感じさせる美しい瞳も。丁度、インテバン男爵領への援助をして下さった頃、子宝にも恵まれて、今は男の子ふたりの母親でもある。



「なるほど。侯爵夫人として貫禄がつかれましたね」


「あら。素敵な言葉選びね。気に入ったわ」


「でしょう」


 そこまで一気に会話を交わして、ベスとエレーナはお互いの顔を見合わせて、笑い出した。





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