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3-41.屋根裏部屋にて

41.



「本当にこんなところにあるのかしら」


 インテバン男爵家の御邸にある、屋根裏部屋へと上がったベスは、そこに広がった空間を前に途方に暮れていた。


 もう何年も前から足を掛けるだけでギシギシと不穏な音を立てるようになった収納階段を慎重に上った先に広がるその場所には、克ては季節ごとに入れ替えたカーペットや絵画や美術品など、模様替えで余ったテーブルや椅子、衣替えの服などが所狭しと押し込まれていた。


 しかし今となっては売ることのできない埃ばかりが堆く積もっているばかりだ。

 母シーラがいうようなトランクが置いてある風には全く見えない。


 ベスにも、さすがに日が暮れてから探しに来る勇気はなかったので、今日は午前中の授業をお休みにして貰い、午後の仕事に間に合うように朝早くからひとりインテバン男爵邸へ戻ってきていた。


 本当は、こんな時こそセタに一緒に来てくれるように頼むべきなのだろうが、ベスはあの一件から彼とうまく話すことができないでいる。アジメクに対してもそうだったし、ミズ・メアリに対してもそうだった。

 心の中に見えない壁ができてしまったようだった。

 ミズ・メアリとは、一度は心の内を打ち明けることもできた筈であったのに。けれども、だからこそより辛く感じるのかもしれなかった。


 口元に結んだ布巾一枚ではどうにもならないほど埃がひどい。

「あぁ、頭にも被り物をしてくるべきだったわ」

 後悔してももう遅い。下の階へ降りて古いシーツを持ってこようかとも思ったが、あのギシギシとしなる収納階段を何度も行ったり来たりする気にはなれなかった。

 とにかく早く探し出して、一刻も早くここから出ようと決心する。


 歩く度にかび臭い埃がもうもうと立ち昇る為に、くしゃみと涙の衝動を耐えつつ、

ベスはゆっくりと屋根裏部屋の奥へと足を進めていった。


「東棟の一番奥、北側梁の根本近く。……あ」


 それは確かにあった。

 茶色いトランクの上にはこんもりと埃が降り積もり、そこにそれがあると知らねば埃の塊としか思えなかっただろう。


「確かに。これは見つけられないわ」

 いつからこの状態なのかは分からないが、売り物になりそうなものを全てを持ち出すつもりであっても目に留まるとは思えない状態だったそのトランクを、ベスは震える気持ちで掴み上げた。


 だって、汚いのだ。

 積もりに積もった埃はまるで布か綿のようでいて、その実、黴の塊だった。酷い臭いだ。

 皮で包まれていたであろう金属の取っ手は、変色して真っ黒で、触るとずるりと滑った。


 その時点で、諦めるべきだとベスだって思っていた。

 どう考えても、皮のトランクがこんな状態に陥るまで放置されているのだ。どんなに綺麗な状態で収められていたとしても、中のウェディングドレスがトランクに入れた時と同じ綺麗なままであるとは到底思えない。


 けれども。だからといって、今のベスに他のどんな選択肢があるというのだろう!


 泣きたくなる気持ちに蓋をして、ベスは果敢にも取っ手にハンカチを巻き付けて、埃だらけの屋根裏部屋からそれを持ち出した。




 誰も住むことをしなくなった自邸はひっそりとしていて湿気のせいか冷たかった。

 まだたった三月ほどの時間だし、時折空気の入れ替えには来ているのに、今日は手にしている荷物のせいか、廊下がいつもより暗くて寂しい気がした。


「ふふっ。生まれた時から住んでいたのに。その内、幽霊屋敷とでも呼ばれてしまいそう」


 歴代インテバン男爵家の人間がつけてしまった傷よりも、この邸を出ることになった大伯父を騙った詐欺師たちとの大取り物で付いた傷の方が大きくて目につくことが切なかった。


 繕い直したカーテンも。懸命に擦って削り落とした絨毯の焼け焦げの跡も。拭いても消せなかった母シーラが何度も投げつけた壁紙に染み付いたお茶の跡も。

 どこにあったのか。記憶も遠くなっていく。


 全部ぜんぶ、あの破落戸たちが暴れたことで、滅茶苦茶になった。

 元がどれほど酷かったのか、今はベスにもわからない。


 直す金もなく、更地にする金もなく。風化していくのを待つしかない惨めな邸。


 陽の光の中で見る茶色いトランクは、涙が出るほど汚らしい。

 これをこの場で、たったひとりで開けてみる勇気はベスにはなかった。


「せめて修復が可能な状態であることを祈るわ。トウモロコシの皮のドレスよりも、麦わらのドレスよりもマシな物が出てくるわ。あぁ、神様おねがい」





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