3-39.シーラのウェディングドレス
39.
「それで? どんなドレスになるのかしら。侯爵家御用達の工房のドレスなら間違いなく素晴らしいものになるわね」
夕食が始まる時間よりかなり前から、ひとりシェリーを傾けていた母シーラは、娘が未来の婿と共に食堂へと入ってきた姿を見るなり、張り切ってそれを切り出した。
「おかあさま。今日はずいぶん体調がよろしいのね」
ずっと自分のせいで辛い思いをさせていた母シーラが明るい笑顔をみせてくれている──ベスにはそれだけでも、この契約結婚を受け入れて良かったと思えた。しかし
「なによ。このままいかず後家で終わりそうだと嘆いていたひとり娘の結婚を喜んで、何が悪いというの!」
笑顔のベスに嫌味を言われたとでも思ったのか、母シーラは手にしていたグラスの残りを一気に飲み干すと、目を据わらせて吠えた。
元々シーラはお酒を好む性質だった。大量に飲むという訳でもなく、食前酒や食事中のワインを軽く嗜む程度で普段の愚痴っぽい性質がなりを潜めて気分が上向きになる。つまりかなり上等な部類の酒好きであった。
その為、父テイトも家計に余裕があった頃は妻であるシーラの為にできるだけ評判のいいシェリ―をお土産にするようにしていたほどであったのだ。
そんなシーラだったが、ベスの婚約破棄以来ずっと気鬱の病に苦しみ、床につくようになってからはずっと、アルコールを手にすることが無くなっていた。まぁ、実のところその頃のインテバン男爵家にはアルコール類を手に入れるだけのお金がまったく無かったのだが。
だからつまり、ベスとしてはそれだけ母シーラが回復しているのだと喜ばしかったのだ。
「どうなされたのです、おかあさま」
突然のシーラの怒りに触れたベスはオロオロするばかりだった。
「ひとり娘のウェディングドレスを決めに行く特別の日に母親を置いてきぼりにしただけでは飽き足らず、シェリーを飲んで帰りを待ちわびていただけで、腐すなんて。なんて酷い薄情な娘なんだろう!」
うわああぁぁ、とソファーに突っ伏してしまった母シーラへ、ベスは必死に取りすがって謝罪した。
「ごめんなさい、おかあさま。でも……でも、安心なさって? ドレスは決まらなかったのです。えぇと、その……」
「シーラ夫人、ご機嫌よう。あんな店。私達の結婚を彩るに相応しくなかったんですよ」
バードがテーブルに置いてあったシェリーの瓶を手に取り、「さぁ?」と差し出す。
様になりすぎた侯爵令息からの給仕に、これから先の人生に憂慮し大いに嘆いていた筈のシーラはあっという間に機嫌を直した。
「まあまあ! ヴァリアン侯爵令息様からお替りを注いでいただけるの? うふふ、いいわね。こんな素敵な男性が、我が男爵家の婿になるなんて。誉れだわ」
バードが平民だと思っていた頃のシーラの酷い態度を覚えているベスは、自分の母親の厚顔さに赤面するしかない。実際に身を縮こませて恐縮した。
だが、そんなベスには全く気が付いていないシーラはグラスに注がれたシェリーを軽く捧げて形ばかりに口を付けると、上機嫌で食堂へとエスコートされた。
だからついこんな提案をした。
「そうだわ、エリザベス。あなた達の結婚式で、私が着たウェディングドレスを着ればいいのよ!」




