3-38.黒く染まる惨めな心
38.
ベスの頭の中に、ふわふわのレースがたっぷり使われたウェディングドレスを身にまとったひとりの女性が思い浮かんだ。
その人は、深い知性を感じさせる強い瞳を持った美しい女性だ。
誰もが手本にしたくなる美しい所作と笑顔を持つ彼女ならば、きっと素人の手作り衣装であっても、世界一うつくしい花嫁になることだろう。
いつも職業婦人に相応しい簡素な装いにひっつめ髪で、口に紅を引く程度の薄化粧しかしていないが、それでも匂い立つような美しさの彼女が、きちんと化粧をしたならば誰もが見惚れる美しさを顕現することになるだろう。
麗しの女家庭教師。
不実な婚約者に自分の意志をもって破談を申し入れた強い女性であり、自らの知識を武器にして職業婦人としての地位を確立している素晴らしい女性であり、地味に装おうとも匂い立つように美しい。若き女家庭教師。
ウェディングドレス姿のミズ・メアリの横に、チーフとタイで揃いとなる麗しい燕尾服を装った背の高い男性が寄り添う姿が浮かぶ。
ずっとベスに向け続けていた、冷たくなにかを揶揄しているような斜に構えた笑いとはまったく違う。
蕩けそうに甘い瞳で、腕の中に囲い込んだ美しい花嫁の顔を見つめる、頬骨の高い貴族的な顔。
振られても尚、消すことのできない恋とはどんなものなのだろうか。
永遠の片恋。
永遠に手に入ることのない相手へと心を捧げている男性に、恋をするだけでも不毛だというのに。
その男性と見せ掛けだけの愛のない結婚をするのだという事実が、ベスの心を凍えさせた。
妄想と現実が入り混じったその想像は、ベスのすでにひび割れていた心を完全に打ちのめす力を持っていた。
自分は何故、誰かに求められることのない人生を歩むことになったのだろうか。
ぞくりと背筋を寒気が這い上がってきて震えた。
政略なのだと一歩引いて考えられていた最初の婚約だって、結局は同じな筈なのに。
あの時はまだ、あの裏切りを知る直前までは、愛のない結婚であろうとも受け入れるつもりだった。こんな心が捩れるような想いをしたりすることはなかった。
何故。
「それに、夏の結婚式に出席していた王妃様が、羽根飾りと生花を盛った鍔の広い麦わら帽子を被っていたこともあった筈だ。別に麦わらだってフォーマルとして使えない訳じゃあないさ」
バードはベスの心情に一切気が付いていないのか、まだ自分の案を押してきていた。
うまく隠しおおせていることを誇るべきなのか、察することのない鈍感すぎる婚約者を憎むべきなのか、ベスにはわからない。
ただ、心に吹き荒れている劣等感という嵐に気づかれることだけは嫌だった。
なのに、なぜ気が付いて貰えないことに傷ついているのか。
自分が全く分からない。
だからだろうか。
多分それは、王妃様だから赦されたのだ、とか。
だいたい誰が王妃様のマナー違反を咎められるというの、とか。
それが主流にならなかった、ということ自体が受け入れられなかったという証左でしょう、とか。
そんな風に、頭の中にはバードへの反論がいくつも浮かんでくるが、ベスはついに反論を口にすることはできなかった。
そのまま曖昧に笑って流すことを選んだ。
いつも、母に対してしているように。




