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3-35.色移りして、日に焼けたレース

35.



「それで、手芸店(ここ)で何を買うんだい?」


 あの会話の後、ベスはバードに頼んで手芸店へと連れてきて貰っていた。

 

「レースかリボン。できるだけ華やかで、柔らかくて幅が広いものが欲しいの」


 ベスとしては安くあげられるならばそれが一番だと思ってしまうのだが、正しく貴族としての考え方や立ち振る舞いを教えられてきた今は、貴族が値切ってしまうことは、それを作り上げる職人や原材料を生産する者など、商品を作り上げて消費者の手元へ届けるまでに係わったすべての者の仕事に対する敬意のない非道な行為であったのだと思うようになっていた。


 確かに、ぼったくりの値付けを鵜呑みにする必要はない。

 だが、正しい評価を損ねるほどの阿漕な真似はしてはいけない。


 だからこそ、貴族位にある者は皆、あらゆる物事や商品に関しての知識が必要であるのだ。

 素晴らしいモノには金貨を。粗悪なモノには銅貨を。

 正しい評定評価に基づく支払いを重ねた結果を、正しく価格の決定に積み重ねる。


 それが貴族相手の商売の在り方なのだと理解できるようになっていた。


 だから今のベスは男爵位に在る者として、侯爵家の夫人へ謝罪の為に伺う手土産として相応しいものを作り上げなくてはいけないのだ。


 ただし、今のベスの頭にあるものは貴族の令嬢や夫人が身に着けるものではない。だから本当の意味での一級品である必要はない。

 あくまで菓子が主役でそれを引き立てる脇役だった。



 着いた先の手芸品店で相談もして、『不良在庫として破棄する所だったものなんですが』と困惑する店主から格安で目当てにしていたものを買う事が出来てベスはほくほくしていた。

 その手にあるものは元は一級品ではあるものの、どれもこれも隣に置いていた物から色移りしてしまっているものや、色の焼けてしまったB級品ばかりだ。


「真ん中に攣れもあったり、色移りや焼けまであるレースね。確かに物自体は悪くないし手が込んでいるようだが、管理が悪すぎたんだろうね。そんなもの、たとえ家から持ち出さないような小物であろうとケイトリンは使わないと思うよ」


 眉を顰めたバードが苦言を呈するのを、ベスは苦笑して頷いた。


「えぇ、私もそう思うわ。ケイトリン夫人が身に着けるにはまったく相応しくないもの」

「なら」

 きらりと瞳を光らせてバードが言葉を続けようとするのを、ベスは笑って言葉を遮った。


「いいのよ。身に着けてもらう為の小物に使う訳ではないんだもの」


 両手に抱え込んだ台紙に巻かれたままのレースを見つめ、嬉しそうに笑う。


 堂々と言い切るベスの姿に、バードはそれ以上の反論をやめて、腕を組んで馬車の椅子へ身体を預けた。


 バードはそのまま黙り込んで窓の外から視線を動かそうともしないでいた。


 もっとも横にいるベスはバードのそんな様子などまったく意に介していないようで、日に焼けたレースから視線を動かすことなく、時折なにかを思いついた様子でひとり小さく頷いているばかりだ。


 結局バードは腕を組んだまま、インテバン邸へと帰りつくまでの間ずっと、むっつりと黙り込んでいた。


 その口元は不機嫌さをアピールする為なのかそれとも他の何かを隠す為なのか、最後までずっとへの字を結んでいたが、横にいるベスが小さく頷く度に、何か言いたげに、むず痒そうに震えていた。





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