3-34.隣に立てるように
34.
「なるほどね。確かにそれはいい考えだ」
馬鹿にされるかもしれないと口にした提案をバードは快く受け入れてくれた。そればかりでなく誉め言葉まで付け足されていたことに、ベスはぽかんと口を開いてしまってすぐに反応できずにいた。
「い、いいの?」
「当然だよ。それで? もちろん俺も、その自慢の逸品は味見させて貰えるんだろうね」
揶揄いを含んだ声でありながら、そのバードの笑顔は、ベスの頑なな心をほっと温めるものだった。
胸の奥で蝶が羽ばたくような、落ち着かなくなる様な高揚感に励まされて、ベスは素直に頷こうとした。
瞬間、裏口でのセタの声が頭の中で繰り返された。
『なーなー。あれさ、さすがにオジョーサマも気が付いたかな。あれで気付いてなかったら、それはそれでおもしれーけどさ』
忘れられない特別な女性がいると、聞かされてはいた。
婚約を破棄された相手がそれであるとは思いつきもしなかったが、プレイボーイであるという話であったし、結婚前に遊びすぎて本命に振られてしまったという線はありそうだった。
そうして、彼がなぜベスのような面白味のない年増女に見せかけだけの偽装婚約を持ち掛けたのかも、ようやく繋がった。
女性からの婚約破棄を是とする気運。それを知らずに作り上げたのがベスの最初の婚約破棄であるというなら、納得だ。
もう一度破棄させて更なる恥を掻かせることで、こっそりと溜飲を下げようというのだろう。
実際にふたりが話しているところを目の前にしてすら、ほんの少しの違和感を感じただけで、しかもそれをあっさりと流してしまった。
そんな鈍感な自分には、こんなハンサムで医者という尊敬される素晴らしい職まで得ているウィズバード・ヴァリアン侯爵令息のような方は高嶺の花でしかないのだと、膨らみかけたベスの想いが瞬時にぺしゃんこに潰れる。
元々、結婚から逃れる為の口実として選ばれた見せかけだけ、偽物の婚約者でしかなかったベスがのぼせ上がって心を捧げようなどしたところで、冷笑と共に投げ出されておしまいだろう。
それでも、見栄の為であろうとも婚姻を結ぶことになったのだ。
あまり惨めでみっともないベスのままでは、いてはいけないのだと涙を堪える。
今のベスでは、あの美しく凛々しい女家庭教師とは比ぶべくもない。
だがだからこそ、ベスは変わらなければならないのだ。
せめて、自分の中でだけでも、恋をした相手の隣に立てるだけの、誇りを取り戻すのだ。
多分この婚姻の行き着く先には幸せなどある筈はない。
けれども、誇りをもって歩いて行けるようになりたいと願う。
ベスが提案したのは、自領から売り出すつもりの菓子たちを謝罪時の手土産として持っていくことだった。
「それは勿論。味はいいの。それについては自信があるわ。ケイトリン夫人とヴァリアン侯爵家の料理人からも太鼓判を受けたのだもの」
「それは凄い! 彼は父が惚れ込んで王都から連れ帰った料理の天才なんだよ」
手放しで褒めるバードに、ベスは自然と頬が弛んだ。
先ほどまでの鬱屈した気持ちがどこかへ飛んでいくようだ。
「持っていくのはいいの。でもひとつ……ううん、ふたつほどまだ問題が残っているの。一緒に考えて下さると嬉しいわ」
自分ひとりでできない事は助けの手を求めるべきなのだと今のベスは知っていた。
令嬢としての在り方、領主家の人間としての在り方。
学園で勉強しただけではベスには何も見えていなかった部分はたくさんあった。
それをひとつずつ、女家庭教師から教わり指摘を受けて直してきた。
だがそれでも、バードが自然に取れる貴族としての行動もベスにはできない事も多い。知らなさすぎる自分を知った今は、協力を乞うことを恥じている場合ではないと分かっている。
ケイトリン夫人から提案を受けていた通りの洗練された名前を付け、貴族向けに気品あるラピングを施して渡すのだ。




