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3-33.ハリエット・ドレス工房

33.



 約束通りの時間に店の前へと着く。

 馬車を降りようとして目の前に建つ壮麗な店構えに、ベスはおもわず息を飲んだ。


 この『ハリエット・ドレスメーカー』へやって来たのは二度目だった。

 一度目は両家の顔合わせの日に母シーラを連れ帰る口実としてバードが使ったことによる致し方のない訪問であった。

 予約なども全くしていなかった為、その時はプレタポルテしか見せて貰うことは叶わなかった。


 オーダーメイドは完全予約制であり、高級人気店であるこの店で当日飛び込みすることなどヴァリアン侯爵家三男の名前を以てしても、できる筈がなかったのだ。

 この店のプレタポルテですら下位貴族家であり没落寸前のインテバン男爵家には身の丈に合わないと言わざると得ないというのに、ここでウェディングドレスなどオーダーしていいのだろうかとベスは今更ながら怖気づいた。


 そんなベスの前に、すっと大きな手が差し出される。


 馬車から降りるのに補助がいるほど、足元がおぼつかない歳な訳でも幼く足が届かない訳ではない。

 ただ単にそうすることがマナーであり、より愛ある結婚をするのだと見せかける為にも必要であると判断したのだろう。演出によるエスコートだ。


 けれども、ベスがエスコートを受けるのを待つバードの瞳が、まるで本当に愛しい婚約者に注ぐような熱を持って見えて、ベスの頬が勝手に熱くなっていく。


 頬の火照りを隠すように、ベスは俯いてそっと視線を外して、いつもそうしているのだとばかりに指を乗せれば、ぎゅっと握り返された。


 演技なのだと分かっていても、その手の力強さと温かさだけは本物で、ベスの心が震える。




「本日は、ケイトリン侯爵夫人からの紹介とお伺いしております。おひさしぶりでございます、ウィズバード様」



 壮麗なドアを開け、ヴァリアン侯爵家御用達であると紹介を受けたドレスメーカーにて挨拶を受ける。


 だが、工房の女主人は完全にバードに対してしか頭を下げていなかった。


 田舎者で没落寸前の貧乏男爵家の、年増令嬢の為になどドレスを作りたくないのだろう。客向けの笑顔にそうありありと書いてあるようだった。


 社交界でのベスの扱いそのものだ。爵位のない平民とはいえ、貴族相手のドレス工房の店主それも超一流の人気店の店主だ。上流階級(ジェントル)の資格はあるし、実際にインテバン男爵家などよりもずっと資産も大きいのだろう。

 諦めにも似た感情に、ベスは視線を下げて悪意ある対応を受け流そうとした。


「ふむ。なるほど。キャンセル料が必要ならば言ってくれ。言い値で構わない」


 バードは笑顔でそう言い切ると、ベスの腰を抱えるようにして向きを変えさせると、降りたばかりの馬車へとベスをエスコートした。


「え、あの。バード?」

 訳がわからないままベスは力強く背中を押されて促されるまま馬車の扉をふたたび潜った。


 慌てた店主が、そんなふたりの後ろ姿へ必死で声を掛ける。


「ウィ、ウィズバード様?! キャンセルとは、一体どういうことでしょうか」


 バードはどこまでも愛し合う婚約者としての演技をするつもりなのだろう。

 店主や見物高く集まってきた者たちへ見せつけることにしたらしい。わざとらしいほど甲斐甲斐しく、ベスのドレスの裾を直して、腰にクッションまで当ててから、ゆっくりと店主に向かって振り向いた。


 そうして、冷たい視線で、それを告げた。


「どうもこうもないさ。紹介者を頼み、予約を取ってやってきた客に対してそんな態度をとるようなドレス工房になど、彼女の美しさを引き立てるような素敵なドレスを作れるとは思わないんでね。残念だよ。紹介者にもそう伝えておこう」


 口調だけは穏やかに。けれどもその言葉ひとつひとつがまるで刃のように冷たく鋭いものだった。

  

「あ。いえ、そんなつもりは……あの、侯爵夫人には」

 足を縺れさせながら追いかけてきた店主は舌も縺れさせながらなんとか取り繕えないだろうかと言葉を探した。


 しかし、突然すばらしい笑顔になったバードからあっさりと会話を切られた。


「安心したまえよ。私の方から謝罪しておくさ。『素晴らしい扱いを受けたので申し訳ないが店先でキャンセルさせて貰った』とね」


 バードは笑顔でそう告げると、「馬車を出せ。即刻だ」と御者に指示を出し、店主の鼻先で馬車の扉を派手な音を立てて閉めた。


 箱馬車の外で、店主がなにか泣き喚いている事まではベスにもわかったが、動き出した馬車の中からは、その言葉の意味まではわからなかった。




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