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3-32.彼女のウェディングドレス

32.



「言葉が過ぎたようだ。君と喧嘩をしたい訳ではないんだ。それで? 婿入りする爵位のない男には、婚約者たる跡取り娘であるご令嬢のウェディングドレスを選ぶ権利を与えて貰えるのだろうか」


 それは、言葉が過ぎたといいながらも謝罪というにはあまりにもほど遠く、高慢な台詞としてベスの胸を切り裂いた。

 端々に散りばめられた言葉が、更にベスを追い込む。


 “婿入りする爵位のない男” ずっと爵位が上である侯爵家の人間から言われるそれは、貧乏で使用人すら雇えない男爵家への当て擦りにしか聞こえなかったし、選ぶ権利も何も、支払いはバードに寄り掛かることになるベスにわざわざ遜って許可を求めることも。すべて。


「勿論です、ウィズバード・ヴァリアン侯爵家ご子息様」


 それでも硬くて震えた声しか出せず、ベスは白くなるほど手を握り締めて頷いた。

 泣き出すことだけはしまいと、目に力を籠めて。




 次の休診日、ふたりは連れ添って馬車で出掛けた。

 向かう先はヴァリアン侯爵領にある侯爵家お抱えドレス工房だ。


 馬車の中にはふたりきりだ。

 当然の如く、母シーラもついてくると言い出したが、その日はお隣のインテアン男爵夫人からお茶会に誘われており既に出席すると返事を出している。ベスからそう指摘を受け、社交に飢えていたシーラは腹立たしそうにしながらも「今回は私のドレスを誂える訳ではないものね」と受け入れた。


 侯爵家から婿をとることになって初めて受けたお茶会だ。

 婚約式などは一切していないが、教会での告示もされた正式な婚約だ。

 借金にまみれ現当主が行方不明の男爵家などと繋がりを得ても何の得にもならないどころかしがみ付かれては大変だと距離をとっていた周辺の貴族たちも、掌をかえしたようにこぞってシーラ宛てに招待状を送ってきていた。


 シーラとしては自分が主役になれると意気込んで、先月のインテバン家との顔合わせの際に手に入れた新しいドレスを颯爽と着こみ出掛けて行った。




「本当は、領内で仕立てられたら良かったんでしょうけど」


 狭い箱馬車(キャリッジ)の中で、目の前に座ったバードからの視線を感じて過ごす時間は殊の外長く感じられる。

 居心地の悪さに、つい納得していた筈の愚痴をこぼした。


「仕方がないだろう。インテバン男爵領内には領主家の令嬢が着るべきウェディングドレスが作れる工房なんて残っていないんだから」

「それは、そうなのだけれど」

 バッサリと切り捨てられてベスは下を向くしかなかった。

 

 そもそも貴族であるならば、何かを購入する際には店に出向くのではなく商人に品物を持ってこさせて選ぶのが普通ではある。だが残念ながらこのインテバン領内から、高級な布地を取り扱えるほどの財力をもつ商会が引き上げてしまって久しい。


 最後まで領内にいてくれたのは、ベスの二番目の元婚約者の商会である。そこも婚約を白紙に戻した時点でインテバン男爵領での商売に見切りをつけて店を畳んでしまった。


 それでも婚約をしていた間は援助して貰っていたのだし、恩があるといえばあるが、お互いにあまり外聞のよくない終わり方をしたという自覚もあり、現在インテバン領内に店舗すら持たない商会との伝手を辿ってウェディングドレスを発注する事などありえない。


 ただ、ようやく天候も安定してきたことで他領との取引がぽつぽつと再開されるようになり、領内の商店の品揃えも少しずつ増えはじめてはきていた。

 それでも、わざわざ他領から売上の見込めない支店へ輸送のリスクを覚悟してまで高級品を運び入れたりすることまではしてはいないというのが現状だった。



 せめて領内にお針子としての技量に優れた者がいてくれたらよかったのだが、それも今はいない。

 昔はいたのだ。だが天候不順により領主家ですら手が届かなくなった高級品を買えるような余裕は誰もおらず、ひとりふたりと歯がこぼれ落ちるようにして領から去って行ってしまっていた。

 部屋着にするようなシンプルなドレスならば作れる者はいる。だが美しく繊細なレースを扱える者となると専門技術がなくてはお手上げなのだ。


 だから布地だけを他領から取り寄せたとしても、領内でウェディングドレスを仕立てることもできない。


 つまり、なにをどうしようとも領内でウェディングドレスを仕立てる事などできる訳がないのだった。




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