3-27.ふたりの関係
27.
「ウィズバード様……」
「……メアリ嬢」
思わずといったように名前を口にした後、妙に気まずげにふたりの瞳が泳ぐ。
そうしてふたり揃って取り繕うように表情を引き締めて、「おひさしぶりです」と挨拶を交わした。
「あら。おふたりはお知り合いだったのですね」
考えてみれば、ミズ・メアリはアジメクが手配してくれた女家庭教師だ。
ヴァリアン侯爵家から連れてこられたアジメクの伝手となれば、知り合いであることも当然のことなのかもしれない。
けれどもこれまでベスは一度も、ふたりからそれと知らされてこなかった。
その事に若干の違和感を覚えつつも、雇用契約を結ぼうという女性がその主となる女性の婚約者と親しいのだと勝手に伝えるのはマナー違反であるのかもしれないとミズ・メアリの事情を推察して、得心した。多分、ベスでも話題として振ることはないだろうと思ったからだ。情報提供を求められたなら答えたかもしれないが、ベスは女家庭教師に対してそのような問い掛けを行った事もなかったのだから。
バードについては、そもそもミズ・メアリが女家庭教師として教えに来ていることに気がついていなかったのかもしれないとひとり合点した。知らない話をできる筈はない。
「積もるお話がおありかしら。もしお時間があるなら、この後一緒にお茶でも如何かしら」
心にモヤモヤするものを感じはしたものの、ベスは自分とバードの関係は悋気を持つようなものではないと自分に言い聞かせて、礼儀正しく誘いの言葉を述べる。
しかしやってきたばかりの筈のバードがまず「残念だけれど、ゆっくりとするほどの時間はない。またの機会に」と断りを口にすると、ミズ・メアリも「私も、この後約束がございますので」と頭を下げた。
ベスは「そうですか。では次の機会にでも是非」と素直に答えると、たった今きたばかりのバードがまず「では午後は診療所に来るのだろう? 待っている」とそれだけ告げて馬車に戻って邸を立ってしまった。
それを共に見送ったミズ・メアリに向かって、ベスは「あんなに急がなくてもいいでしょうに。何しに来たのかしら」と笑って話題を振ってみたが、曖昧な笑みを浮かべただけで何も答えは帰ってこなかった。
「ベス、どこにいるの? ベスー! 相変わらず不出来で駄目な娘ね。母親に呼ばれたらすぐに来るのが善い娘というものでしょうに!!!」
邸の奥からベスを呼ぶ母シーラの声がして、ベスが身体をこわばらせた。
気まずげにちらちらと邸の奥と見送る客人である自分へとせわしなく視線を動かしている教え子に対して、ミズ・メアリは女家庭教師らしい表情を作ってちいさく頷いてみせると鷹揚に「では、また来週。課題をお忘れなく」と応えて邸に向かって手を差し出し、邸に戻って母親のところへ向かっていいのだと差し示す。
ベスは、ぺこぺこと頭を下げて「ではまた来週」と礼儀もそこそこに、そそくさと挨拶を返すと慌てて邸の中へと戻って行った。
そんな自分の教え子の後ろ姿に、「まだまだ。理想の淑女には程遠いわね」とミズ・メアリが呟く。
学生時代に憧れた英雄のリアルがこんな状態であるなどと知りたくもなかったと、溜息が出ていくのをメアリは止めることはできなかった。
最初の頃に比べたら、エリザベス・インテバン嬢のマナーも姿勢も表情も、かなり変わってきていた。
しかし、それもほんの少しのことで戻ってしまうのだ。
たとえば母親が彼女を呼ぶ、ほんのひと声で。
「彼女の自信を取り戻す為に、私にできることはあるかしら」
正直なところ、メアリ自身だって心に負った傷のひとつやふたつある。
エリザベス・インテバン嬢という存在は、メアリにとって英雄であり、その傷を作った原因でもあるのだ。
だからこそ、この仕事を引き受けることには葛藤もあった。
そして、引き受けてから知った、もうひとりの原因も。
「ウィズバード・ヴァリアン様……」
できることなら会いたくなかった人の名前をそっと呼ぶ。
アジメクからの仕事の依頼である時点で、ヴァリアン侯爵家がらみであることくらい想像できたのだが、まさかこんなにも近しい存在であるとは思いもしなかった。
まだ柔らかかったメアリの心に大きな傷を作る事になった中心人物との突然の邂逅に、メアリは瞳を揺らした。
けれどもそれをエリザベス嬢に知られる訳にはいかない気がして、これから先を考えただけで気が重くなった。
そうしてさきほどより更に大きな溜息を吐いたのだった。




