3-25.意外な恩恵
25.
「彼等の武勇伝を、一緒に愉しむことができなかった者は意外なほど多かった、ということです。特に、娘しかおらず、婿を取ることになりそうな親たちからすれば他人事というにはあまりにも身近な話題だったのです」
にっこりと笑ったミズ・メアリは、ベスがどきりとするほど陰鬱で美しかった。
元々形の良い大きな瞳に、強い光が灯る。
頬は紅潮し、唇の口角が活き活きと吊り上がる。
「彼等はやり過ぎたのです。婿に入っておきながら愛人をつくりその間に子供を作る、そこまでならこれまでも幾らでも見てきた光景ですわ。掃いて捨てるほどいるでしょう。でも、婚姻前から恋人を持ち、そのまま婿入り先で爵位を継いで、跡取り娘を追い出す算段をつけるような計画を、恥じることなく面白おかしく酒の席で吹聴して廻る。表向きにはムキになった女性を責めるような言葉を口にしたとしても、自身の愛する娘や孫に対して同じような悪辣な計画を立てられていたならと、自身に当て嵌めて怒った方も多かったのです。表には出さなくとも、家に帰れば子煩悩な父親や母親は多いのです。いいえ、思いの外多かった」
「エリザベス・インテバン先輩。あなた様のお陰で、女性から婚約や婚姻の解除を申し入れることがし易くなりました」
ありがとうございます、と頭を下げられる。
「え?」
「私も恩恵に預かった一人なのです。詳細については黙秘致しますけれど」
ぱちん、とウインクされてベスは心臓が止まるかと思う程、驚いた。
「え……では、先生はやはり」
ベスが感じたように、破談もしくは離縁を経験してきたのだろうか。
知らずベスが築いた新しい令嬢の選択肢を自ら選び取り、けれども決定的にベスとは違う輝かしい道を自分の足で歩いてきたというのか。
ベスの目に、目の前の若い女性が一瞬の内に別人になったかのように、眩しく映る。
「黙秘します。さぁ、そろそろ授業に入りましょう」
「えぇっ。先生! ずるいです」
「それが教師というものです。さぁ、先ほどの議題に戻りましょう。ヴァリアン侯爵夫人とのお茶会で、エリザベス様が取るべきであった態度について……」
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「お疲れさまでした。今日の授業はかなり実践的な内容になったと思います。あなたの根本的な問題についても知る事が出来て、私としても有意義な時間でした」
「ミズ・メアリ」
「ヴァリアン侯爵夫人に対してして冒してしまったミスに関しても、あまり気にする必要はないでしょう。夫人は、所詮これから遠戚関係になる相手です。完全なる外部、取引先に対してでなかった幸運に感謝するべきでしょう」
「これからも続いていく縁ですから。いつか取り返せますよ」女家庭教師はそう気休めの言葉を口にして、授業の終わりを告げた。
玄関先まで見送ることにする。
授業初日につい見送る際に頭を下げて「使用人に対して腰を折ったり頭を下げてはいけません」と怒られてしまったのでできるだけ姿勢を正し、鷹揚に「お疲れさまでした」とだけ告げる。
「ありがとうございました。次回は、詩集の朗読をしましょう。お茶会の席での話題も必要な知識です」
どうやらミズ・メアリはベスに対する授業の在り方を一歩進めることにしたようであった。
これまでは「この詩集を読んでおいてください」と題名まで指示が出ていた。
「はい。……流行りの詩集を何冊か読み込んでおきます」
「楽しみにしてますね」
にっこりと笑った女家庭教師の表情を見る限り、どうやらベスは正しい受け答えを選択できたようだった。
次の授業では、朗読自体だけではなく、どうしてこの詩集を選んだのかについてなども聞かれる気がした。その詩が書かれた背景や、作者に関してなどといったバックボーンについても調べておいた方がよさそうだとベスは頭のメモに書き記した。




