3-23.心の芯を取り戻す為に
23.
更に、ベスが褒められたその言葉を素直に受け取らなかったことで、侯爵夫人にも気まずい思いをさせたかもしれない。『お前宛ではない』と直接指摘することもできずに宙に浮いてしまった善意はモヤモヤとした不快感となり、領地に対するマイナスイメージを作っていくことになるだろうと、そこまで考えた事で、ベスはようやく、なにが夫人を怒らせてしまったのかに気が付いた。
「私はあの時、あらゆる言葉を謙遜して受け取りを拒否するのではなく、領地を誇り、素直に『領地の者も喜びます』と、お褒め戴いた言葉を受け取るべきだったのね」
それが全てではないということ位は、今のベスにもわかる。もっと他にも失敗をしている可能性だってある。
しかし、この根本を間違うことなくきちんとできていたならば、侯爵夫人の対応は違うものであったであろうことは間違いないだろう。
雨で濡れた服を着替えるという口実で、追い払われたりしなかっただろう。
ベスは、根本から間違えてしまっていたのだ。
「これから先、挽回のチャンスを戴ける事はあるかしら」
ぽつりと漏れ出ただけの願望。
チャンスは一瞬でつかみ取らねばならぬもの。一度見送ってしまえば、二度目はない。虫のいい話だと、ベス自身も思っていた。
「エリザベス様にその覚悟があるなら。チャンスは待つのではなく、ご自分で作るべきでは?」
けれども、ベスの導き手である女家庭教師は、さらりと軽く進むべき道を示すのだ。軽やかに。
「そうね。えぇ、そうだわ」小さく何度も頷きながら、ベスはその胸にちいさな野望の炎を灯した。
その炎はまだちいさく頼りない。
ほんの少しの横からの風で、簡単に揺らめいて消えてしまいそうになるような、ちっぽけな炎でしかない。
けれども、何年、いいや十何年振りに灯ったその炎は、ベスが失くしてしまった心の芯の部分に灯っている。
「少しは、いい顔になりましたね。では、お答えを。私は次の勤め先を探した方が良いでしょうか?」
「いいえ! 私はきっと、貴女の誇れる生徒になります」
そう答えたベスの顔は、先ほどよりよほど覚悟が決まってみえた。
自分に足りない視点に気付けたならば、それを知識で補うことは可能だ。
とりあえずはそれだけだったが、五里霧中で自分がいま立っている場所すら定かではなくなっていたベスにとって、ミズ・メアリが指し示してくれたそれは、たったひとつの希望の光だ。
いつまで歩いても、指し示された高い場所までは辿りつけないかもしれないが、それでも近付くことはできるだろう。
なによりも、どこをどうすればいいのかまったく分からないままでいるより、ずっとマシだった。
「いい答えです。では、もうひとつ、あなたの失くしてしまった心の芯を、取り戻すことができるかもしれない情報を、お教えしましょう」
もったいぶった様子の女家庭教師の言葉に、ベスはすこしだけ頭を傾げる。
それがどんなものなのか全く想像がつかずに、大人しく続きの言葉を待つことにする。
ゆっくりと口を開いたミズ・メアリが紡いだのは、ベスにとって完全に意表を突く言葉であった。
「あの後、あなたの最初の元婚約者がどうなったのか、という話です」
それは、ベスが絶対に知ろうとしてこなかったことであり、誰もベスに教えてくれなかった情報だった。