3-22.領主家の人間として
22.
「あ……」
貴族令嬢が綺麗なドレスを身に着ける意味が、ただの華美ではないように。
ドレスがくたびれる前に買い替える、もしくは一度着ただけで処分してしまう理由が、見栄を張る為ばかりではないように。
すべてのものごとは、その後ろに繋がり、積み重なっていくことで、成果と為る。
表面上の会話の、その上っ面だけを受け取って安易に否定することは、その後ろに繋がる何かを否定することになる。
擦り切れのある中古ドレスでは、領地に払い下げても産業に何の新風を巻き起こすことも、領民の購買意欲を喚起することもできずに、やる気を盛り上げることもなにもできないで終わってしまうように。
与えられた賛美の言葉は、それを直接告げられた個人だけのものではない。
その後ろにいる領民を率いる為のもの。ベスが褒められる為に尽力してくれた使用人や領民たちへ向けたものであったのだ。
「あの二種類の菓子を考案する切っ掛けになったのは、大伯父様の商会の方かもしれません。そして形にしたのはウィズバード様が国から補助を受けて雇い入れた料理人でしょう。そもそもの材料となるトウモロコシや麦を育てたのは領民です。けれども、出来上がった菓子を食べた人がその一人一人の功績を上げて賛美するでしょうか? 賛美の言葉は、領主家であるインテバン男爵家の人間に宛ててのみ紡がれるのです。ならば、それを受けたあなた方男爵家の人間は、協力してくれた者たちへ、『〇〇様から初めての味だった。美味しかったと褒めて貰ったわ』そう伝えればいいのです。さらに『誇らしかったわ』とあなたからの労いの言葉も添える。それをされた時、彼等は本当の意味で、報われるのです。あなたが勝手に謙遜して、受け取り拒否をしていいものではありません」
それは、ベスにとって初めての視点であった。
確かにそれができるのは、貴族であり領主家の人間のみだ。
社交界での話題にのる事ができるかどうかによって、その商品価値が変わる事くらいはベスにも思いついた。
だからこそヴァリアン侯爵夫人からお茶のお誘いを受けた時に、持参しようと思ったのだ。
ベスと領民だけでは、売れるかどうかの判断しかねたことも大きかったが、あわよくば何か新しいアイデアでも貰えないかという思惑もあった。力になって貰えるのではないかという甘い期待も。
だが思いの外高評価を受けたことで舞い上がり過ぎた。視点が、領地のためではなくってしまっていた。
掛けられた言葉のすべてが、自分宛てのものではないというのに。
自分は確かに、「ウィズバード様のお陰です」や「教えて下さる方がいて」と謙遜して領主家の人間としては受け取ろうとはしなかった。
他家より戴いた褒め言葉という褒美の配分は、他家にさせるのではなく、家に帰って持ち帰ってから領主家の人間であるベスが配分するべきことだ。
功労者のひとりひとりを詳らかに数え上げ、各人への言葉を強請るのは、自身の仕事を放り投げることであったのだと理解したベスの顔と言わず全身が羞恥に震えた。
謙遜のつもりであった会話のすべてが、貴族として領主家として、まったくもってマナー違反でスマートさに欠ける不作法な会話であると知らなかったし、思いつきもしなかった。
私ではなく実際にそれを見つけた料理人や知識をくれた商人の話をして逸らすのではなく、私が受けるべきことだった。私が受けて、それを分配する。それが正しい領主家の人間としての会話の運び方、貴族間の会話のルールだったのだ。
ルールを無視するベスが弾かれ、雨の中見送りもなく帰されるのは当然のことであったのだ。




