3-20.反省と後悔と
20.
「ねえ。他の人は、どうして目の前にたくさんある選択肢の中から、ちゃんと正解を選べるのかしら」
目の前のメアリに話し掛けているそれは、ベスの中にずっとある、ひとつの苦しみに対する答えを探す言葉だった。
「その為に、正しい知識をたくさん学んでいくのだと、ちゃんと学べばいいのだと、ミズ・メアリは仰るのだろうけれど……私ね、これでも王立学園ではそれなりに成績優秀者だったのよ」
もう十年以上も昔の事になってしまったけれど、と恥ずかしそうにベスが呟く。
自分の中にあった正しさと、周囲とのそれにズレを感じることも無く、友人も、たくさんと言えるほどではないが、それなりにいて、毎日笑って過ごしていた遠い日を懐かしむ。
「今と違って、自分に、自信だってあったわ。自分の中に、正しい確たるものがちゃんとあって、それに恥ずかしくないようにと思って、意見を主張できたし、行動できた。けれど……でも、今の私には、選び取るべき正しさが、見えないの」
本当はベスにだってわかっていた。
あの日、今はもう顔すら思い出せない最初の婚約者から馬鹿にされ、手にしていた扇子で彼を殴りつけた。
あの判断を下した時には自分の胸の中にあった、“インテバン男爵家の跡取りとして婿入りしてくる相手から馬鹿にされたままではいられない”という正しさは、その後のベスに罰しか与えなかった。
母が嘆いてみせる度に削られていくベスの心。
嘆いていても仕方がないのだと前を向こうにも、男性社会である貴族の世界においては男性へ手を上げた乱暴者というベスにつけられたレッテルを、自分の意志の力で外すことは容易なことではなかった。
消耗するばかりで建て直すことも、新たな方向で育てることもできない自尊心は、
徹底的にベスを無力で愚かな令嬢に貶めた。
少し落ち着けば、一緒にいてくれたユーリやエレーナ達同級生たちを証人として、父や母に婚約を解消するように訴えるべきであったのだと反省した。
けれど、胸に滾る怒りを押さえ、あの頃のベスがその正しさを選べたかといえば、
答えは『ノー』だ。
そして、今のベスにならその手段を取れるかと言えば、その答えも『ノー』なのだ。
「あの日に取るべきであった行動について、あれから考えない日などなかったわ。何日も何度も考えて、友人を元婚約者の発言についての証人として正式に婚約の破棄を申し入れれば良かったのだ、と思ったわ。……けれどね、もうできないの。過去に戻れないからじゃないわ。それを選んでも、結局は同じ道を歩むことになるのではないかと、思ってしまうの」
一旦口に出してしまえば、これまで誰にも口にしてこなかった愚痴や後悔が止めどなくベスの口から零れていく。
友人でもなければ、身内でもない、ましてや二度と会わない通りすがりの赤の他人ですらない貴族位にある女家庭教師に対して利かせていい内容ではないとわかっているのに、とめることができない。
「何故、私は間違ったものばかり掴もうとしてしまうの? 並べられた選択肢の向こうに、不幸しかない気がしてしまうの?」
ベスはぎゅっと目を閉じて、唇をかみしめた。
そうでもしないと、大きな声で泣いてしまいそうだった。
「それでも、ウィズバード様に選ばれたのは、あなたでしょうに」
溢れだしてしまったさもしい思いに心を乱され俯いて目を閉じてしまっていたベスには、目の前に立つ女家庭教師のその呟きは届かなかった。
何をどう足掻こうとも、ベスに用意された未来への道は、惨めで情けない物だけなのではないかという思いが、どうしても消せないのだ。
だから、今のベスには、自分で何も決められない。選べない。
目の前には暗くて冷たい道しかない、そんな気がして仕方がなかった。
「エリザベス様は、領地で採れるトウモロコシについてのアイデアを形にされたではありませんか」
完全に落ち込んでしまったベスに、ミズ・メアリが水を向けてくれる。
実績があるだろうと足元を固めてくれようとしていることは分かるが、むしろ逆効果だ。
トウモロコシの菓子についてだって、会った事もない大伯父ザコタの部下で、偽大伯父の振りをしていた盗賊の一味に襲われて大怪我をしたゲルスさんから仕事を引き継いだ人から、大伯父の労いの手紙と見舞いの品を届けて貰った際に、お茶の席での雑談として聞かされただけの話題が始まりだった。
いや、ただの雑談というには、耳の痛い内容ではあった。