3-19.女神の前髪
19.
その日の授業はそのまま、昨日のお茶会でベスはどういった対応を取るべきだったのかについて、実際にお茶会形式で行なうことになった。
ベスは、昨日の自分を思い出して実演してみせては駄目だしをされ続け、赤くなったり蒼くなったりと忙しい思いをし、終わった時にはへとへとであった。
「ありがとうございました、ミズ・メアリ。昨日の私がこの授業を受けていなかったことが残念でならないわ」
今日の授業は、昨日のお茶会に出たからこその実践的な内容である。
お茶会前にできる筈がないとベスにも分かっていたが、それでも思わず口から愚痴が漏れていく。
なのに、目の前の女家庭教師がアッサリと口にした。
「想定問答として予習することもできましたが、特にご要望もありませんでしたから」
「できたの?!」
吃驚し過ぎて思わず大きな声を出してしまったベスは、肩を竦めて慌てて自分の口元を抑えた。
そんなベスに、「本当に……仕方のない方ですね」と眉を寄せがらも、ミズ・メアリは自信たっぷりに大きく頷いた。
「えぇ。完全には無理ですが、ヴァリアン侯爵夫人の気に入るような会話の運び方ならお教えすることは可能でした」
「なら!」
「エリザベス様。私はあなたに男爵家の令嬢として相応しい所作と知識をお教えするという契約で参りました。ですからお茶会での正しい受け答えについて一般的な流れについてお教えいたしました」
「それ以上のことは、できないということ?」
ベスの問い掛けに、ミズ・メアリは首を横に振った。
「いいえ。きわどい所ではありますが、ヴァリアン侯爵家からの招待を正しく乗り切ることも範囲内だといえなくもありません。しかし、侯爵夫人個人に関する情報を、私の方からぺらぺらと勝手にお話しすることは、職務上からも個人的矜持からも致しかねます」
「……私から相談しなければならなかったのね?」
今度こそ、女家庭教師は大仰な仕草で厳かに頷いてみせた。
「ご相談頂ければ、出来る範囲での対応をさせて戴くことも可能でした」
そう、つまりは、過去形だ。
可能性はあった、だがベスには気が付くことができずに、そのチャンスを見逃してしまった。
チャンスの女神は前髪しかないから遭遇したその一瞬に掴まなくてはならないという。
──自分が女神を見逃したのは、人生で何度目だろうか。
ベスの口からはもう、ため息しか出なかった。
「もう、ここで諦められるのですか?」
「え?」
じっ、と女家庭教師が強い視線をベスへと向けていた。
冷たいような、でも蔑んでいる様子でもなく。
ただ温度を無くした瞳が、ベスへと向けられる。
「もし諦めることを選択されるのならば、できるだけ早くご決断下さい。私は、ただ私の時間を切り売りしている訳ではございません。私の講義時間を無駄にするつもりはないのです。エリザベス様に時間を割くことがなければ、もっと私を必要として下さるご令嬢のお役に立てた。なによりも、私は教養としてではなく実践に活かせる講義を心掛けておりますので、教え子に何の進歩も齎せなかったという噂が流されても困るのです。そもそも営業妨害です」
堂々とした主張に、ベスはハッとした。
冷たく感じる言葉ではあるが、ミズ・メアリの視線にベスを蔑む色は見えなかった。淡々と事実のみを伝える言葉。目の前に立つ年下の職業婦人が美しいのは、こうして自分の仕事に自信と誇りを持っているからなのだと、不思議な感動すら覚えた。
「……私ね、自分がどの方向に向かって歩けばいいのか、わからないの」
女家庭教師からの問い掛けに対する答えとは思えないベスの言葉に、軽く眉が不快そうに動きはしたが、それでも黙って続きを待ってくれている。やはりミズ・メアリは優しい素敵な人だとベスは思った。




